Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

言語が違えば、世界も違って見えるわけ (2)

今日の本は「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」、の続きを。

かつて、文明の進んだ社会の言語の方が複雑だという誤解があった。そのような誤解が生まれた理由は、原住民は片言の言葉しか話さないからだ…というのだが、

「原住民」が話す原始的言語はどれも……英語なのだ。
(p.174)

つまり、原住民が原始的な英語しか話さないから、原住民が普段使っている言語も原始的なのだろう、と考えたというのだ。

英語(?)を母国語とする人達はそこまで思考力がないのか? 何かの joke なのかもしれないが。現在は次のことが分かっているという。

「すべての言語は同じ程度に複雑である」
(p.178)

では、複雑というのはどういうことか。言語における「複雑」の定義が必要になることは、本文中で指摘されている。しかし、

言語の全体的複雑さをどうやって測定するのか、誰にも分からない。
(p.181)

結局、この法則の科学的根拠もないらしい。都市伝説としては常識なのだが、この主張を裏付けるような研究論文は発見されていないという。

では、例えばAIに学習させてみて、一定のレベルに到達するまでの計算回数が多い方が複雑である、というような定義はどうだろうか。

その後、言語による違いを具体的に分析する話が続く。ときどき日本語が出てくるが、著者は日本語に関しては微妙な知識を持っているのかもしれない。

英語が「this (近くの対象物)」と「that (離れた対象物)」を区別するだけなのに対して、日本語は「ここ(話し手に近い)」、「そこ(聞き手に近い)」、「あそこ(どちらからも遠い)」の三つを区別する。
(p.192)

日本語を this と that に対比させるのなら、「これ」「あれ」と、「それ」(it) を提示した方がしっくりする。そして重要なのは、日本語の「あれ」には単なる距離ではなく精神的距離というか、何かアレな使い方があるという事実である。例えば「アレはどうなってる?」のアレは両者が共有している課題や案件のことになるが、この時に「これ」とは言わない。なかなかややこしい。

全く関係ない話になるが、ホビ族の言葉について。

アリゾナ州北東部で使われるホビ語
(p.239)

もちろん聞いたこともない。

今日ホビ語の話し手は約六〇〇〇名を数え、「蛇踊り」でとくによく知られる。生きた蛇を口にくわえて踊り、踊りがすんで放された蛇は仲間に、ホビ族は霊的(スピリチュアル)で自然な世界と調和していると伝えるという。
(p.239)

吾妻ひでおさんが何かそんな感じのシーンを描いていたような気がするが。それはさておき、この後半の表現、

踊りがすんで放された蛇は仲間に、ホビ族は霊的で自然な世界と調和していると伝えるという。

何度も確認したがこの通り書いてある。意味が分からない。日本語では表現できない何かがあるのかもしれない。単に私の理解力の問題という説が有力だが。

理解力に疑問を感じた後にこういうことを書くのはアレかもしれないが、

私たちがたまたま話すことになっている言語は、私たちが理解できる概念の限界を決める牢獄だ。
(p.247)

これがバカげた発想だという論拠として、次の事実が指摘されている。

ドイツ語の「シャーデンフロイデ (Schadenfreude)」という言葉を一度も聞いたことがない英語を母語とする無知の民には、他人の不幸を喜ぶという概念を理解するのがむずかしいだろうか。
(p.248)

Schadenfreude は対応する英単語がないらしい。だから英語でもそのまま schadenfreude を使っていて、merriam-webster には『enjoyment obtained from the troubles of others』と説明している。

ここでは、著者は根本的な誤りを犯していると思われる。おそらくschadenfreude という単語の意味と、英語で説明した enjoyment obtained from the troubles of others という意味がピッタリ一致している保証はどこにもない。一般的に、ある単語とそれを説明している解説の間には、既に隔たりがあるものだ。

そして、これも気になった話。

理論上、どんな言語もあらゆることを表現できる
(p.254)

どんな理論だろう?

言語で表現できないことがいくらでもありそうな気がするのだが。例えば私の感情であれば、そう感じた瞬間の時刻に FEELING という文字列を連結した単語を機械的に対応させれば、全てを「表現」したことになる、のような機械的表現論を主張しているのだろうか。

いろいろ謎の増える一冊ではある。


言語が違えば、世界も違って見えるわけ
ガイ・ドイッチャー 著
椋田 直子 翻訳
今井 むつみ 解説
ハヤカワ文庫NF
ISBN: 978-4150505868