Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

天冥の標 3 アウレーリア一統

今日は小川一水さんの「天冥の標」のⅢ。「アウレーリア一統」です。

この巻のテーマは宇宙海賊。活躍するのはアンチ・オックスと呼ばれる《酸素いらず》のアダムス。対海賊のエキスパートです。真空でも長時間生きていられる便利な体質を活用するために、戦闘前には宇宙船内の空気を抜いて真空にしておきます。そのココロは、

艦内の空気は戦闘時に爆風や破裂を生じさせたり、火災を起こしたりする危険物である。
(p.59)

真空の方が安全なんですね。後半でこの体質を逆手に取った反撃シーンが出てくるので乞うご期待。

物語は木星探査のシーンから始まります。発見されたアイテムは「ドロテア・ワット」、未知の宇宙人によって作られたと思われる人工物です。高エネルギーを貯めこんでいるという設定になっています。

《酸素いらず》の性格については、

「受けた屈辱は十倍にして返す――それが《酸素いらず》の気概だったな」
(p.188)

半沢直樹。もしかしたら負けた相手には土下座させるかもしれません。

面白いと思ったキャラ、宇宙船の修理に来たウルヴァーノという老人は、

アダムスの面前に来ると、まずスカートをめくった。
(p.243)

超電磁砲に出てくる佐天さんみたいな感じ?

「あの方は、ああいう人なんだ。殴っても始まらないし、ああだからこそ頼れる」
(p.244)

エンジニア的な腕は確かなようです。宇宙船のエンジニアってどのアニメでも何か一癖ありますね。

ストーリーを評するには余白が足りないのでヤメときます。で興味深いところを一つ。この作品にはいろんな属性を抱えた種族が出てきますが、海賊というステータスは人類に由来するということになっています。その理由が、

常に異端を抱えてきたのが人類なのだから。
人類は異端なのだから。
(p.488)

知恵袋で最近見た質問に、高学歴の人にはなぜ変わった人が多いのか、というのがありました。知的なレベルが高いと自分の頭で考えて、自分のロジックで判断します。しかし、思考力がないと、自分で判断できません。だから他人の真似をします。日々の生活から学習した結果、他人と同じことをするのが安全だという策を採用するのです。だから変わったことはしません。

人類が異端なのは、知的レベルが高いからではないかと思うわけです。出る杭は打たれるわけで、高みに登った者は落ちるしかないんですね。

最後に、気に入った一言を。

いるはずなのに見つからない敵ほどやっかいなものはない。放っておけば背中から刺される。形も出方もわからないから身構えようがない。
(p.549)


天冥の標 3 アウレーリア一統
小川 一水 著
ハヤカワ文庫 JA
ISBN: 978-4150310035

新世界より

今日はアニメで「新世界より」。2012年に放送されました。小説の原作者は貴志祐介さん。

Wikipedia にはサイエンス・ファンタジーと紹介されています。SFというよりファンタジーの世界ですが、背景には遺伝子操作のような科学的ネタが出てきます。最後のオチは、そんなことでいいのかというビックリがあります。

この話では、「呪力」という能力を持つ人間が出てきます。その存在がパワーバランスを完全に狂わせてしまう、ということになっています。能力者が出てくるアニメやラノベはいくらでもありますが、実際にそんな人間がいたら、軍事バランスが変わることは必至でしょう。一個人や数名のグループが世界征服を企てても何も不自然ではないのです。

世界観としては、人間以外にバケネズミという知能を持った生物がいて、バケネズミからは呪力を持った人間は神様とみなしています。そうでなくても呪力なんて持ってたら神と言われても不思議ではありませんが。

バトルシーンもたくさん出てきますが、最近のアニメのバトルシーンはインフレで高止まりしているので、能力者のバトルは個人的には地味な感じがしました。かといってリアルでもないです。微妙です。

 BGMとしてドボルザークの「新世界より」が使われています。私の小学校では下校の時刻の音楽に使われていたような記憶がありますが、今でもそうなのでしょうか。

魔法少女育成計画

今日はアニメで「魔法少女育成計画」。ラノベの原作者は遠藤浅蜊さん。アニメは原作第1巻がベースになっているそうです。

魔法少女というと低学年の女の子とか大きな男の子がターゲットに想定されているようですが、まどマギみたいなのがたまにあるから注意が必要ということで、今回のはその注意が必要な方です。ざっくり概要を述べると、魔法少女同士が殺し合う話です。

魔法少女というと夢みる少女が希望とか勇気とかアレして絶対悪と戦う予定調和的なイメージのはずですが、このストーリーに関しては、ダークな心理描写がメイン。いかに騙して裏切って生き残るか、的なサバイバル属性があるのは、現代の社会を揶揄しているのかもしれません。

アニメでは最後にスノーホワイトがブチ切れますが、そこに至るまでよく我慢できているなぁ、という印象でした。一般人を平気で殺すカラメティ・メアリのような魔法少女が出てくるのは、一応現代社会が舞台になっているストーリーとしてはやや異色だと思います。魔法が出てくる時点で何でもアリって感じはしますが。

 

天冥の標 2 救世群

今日の本は、小川一水さんの「天冥の標」の前回の続きで、「Ⅱ 救世群」。

テーマはアウトブレイクです。

一類感染症が突発したかもしれない
(p.24)

数年前なら1類って何、という人が殆どだったかもしれませんが、今はそうでもないでしょうか。この感染症はⅠで出てきた冥王班。今回はそれと対決する医師、患者たちの話です。文化的なネタもいろいろ出てくるので、民俗学的な背景知識があるとより美味しくいただけると思います。例えば、

ニハイの正式な葬儀では、遺された者が故人の肉を少しずつ切り取り、バナナの葉に包んで蒸して食べる。
(p.12)

病気の伝染を防ぐという目的があるので、基本的に人肉を食べることはタブーとする文化が多いのですが、葬儀としての食人の風習は日本でも各地でみられたようです。

ところで、女医の華奈子が尊敬する人物として、C.P.スノーという名前が出てくるのですが、

顕微鏡もない時代にコレラの感染ルートを解明した
(p.80)

これは実在するジョン・スノウ氏 (John Snow) のことだと思われます。

今回の舞台は日本も含まれています。日本で新型の感染症が流行する、という筋書きで、SFなのですが今の時点では猛烈にリアルな話。

新幹線や空港だけでなく、駅頭でもデパートの中でも、新宿の居酒屋ののれんにすらも、数ヵ国語で書かれた同じ文字が叛乱していた。「お客様のご健康のため、マスクをおつけください」
(p.264)

日本人はマスクが大好きなのです。ちなみに、冥王班は涙が乾燥した粉末で感染するという特徴があるので、

患者から剥落したあとの、微細な体細胞ないし分泌物でうつるというのは、天然痘結核と同じ感染の仕方であり、空気感染として扱われる。
(p.148)

だそうです。Ⅰでは保菌者であるイサリに触れたカドムが感染しなかった、というシーンがありました。

冥王班は回復した後も感染能力を維持し続けるというトンデモない病気です。そこで、回復した人は特定の場所に隔離して一生過ごしてもらう、ということになるのですが、

地域住民を守るために患者群を排撃する――プラスの仲間たちを守るためにマイナスの人間を締め出す――きれいな世の中を守るために汚いものを封じ込める――それのどこが悪い? 人間は昔からそうしてきた。当然の、必要な行いだ。
(p.288)

言っていることはわかりますが、何か怖いものを感じます。この作品は2010年、今から10年前に発表されていますが、その時点でこんな話が出てきます。

近親者が冥王班でなくなった人は、検査で無事だと分かった後も、勤め先から休暇を取るように強要されたり、客先から取引を断られたりした。
(p.287)

最近どこかのニュースで聞いたような気がする話ですね。気のせいでしょうか。

屋内で半径二メートル以内に近づいて呼吸した場合には、特に危険だということもわかった。
(p.313)

ソーシャルディスタンス。

二週間ほど前、戸山の病院に緊急転送されてきたインド大使館の武官が、最初のひとりらしいということは、関係者の間では公然の秘密だった。
(p.324)

武官が感染源…というのが何かを予言しているようで怖いですね。


天冥の標 2 救世群
小川 一水 著
ハヤカワ文庫JA
ISBN: 978-4150309886

天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈下〉

今日は昨日に続いて「天冥の標」、Ⅰ、「メニー・メニー・シープ」の下巻です。

電源供給のために使われているシェパード号を再起動して他の星に飛ぶという噂が広まって、それを阻止する反政府勢力がクーデターを計画します。というのが下巻のざっくりストーリー。しかしモノスゴイ結末が待っているのです。こんなの説明していたら余白がいくらあっても足りないので、ストーリーの感想はパスします。

ということで、キャラに視点を合わせてみると、まず注目するのはカドム。あちこちに出向いて交渉役になるのは、坂本龍馬的な立ち位置かも。

そして面白いのは《石工》のリリー。精神的に進化します。

まだまだ自分が愚かだったと気づいた。そして、気づいたことそのものに意味を見いだした。愚かだという自覚を持つことは、賢くなることへの第一歩だ。
(p.185)

さらに、

賢くなったために、リリーはその賢さ自体について考えることができた。
(p.186)

賢いとは何か、なんて難しいことは賢くないと考えないものなのです。他にはイサリとかユレインとか、心理的なところを想像してみると結構キツい人生のようです。

一つ気になったのは、クライマックスで電源の制御権を手に入れた反政府勢力のリーダーアクリラが、電源を切り替えるシーン。

警告。電源リソースの配分を変更すると、現在続行中の最優先作業が中断されます。予期せぬ影響が出る恐れがあります。続行しますか?

アクリラはこれに対して即答で「やれ」と命じて大変なことになります。

実際にそういうことはあり得るのでしょうか。うっかりやっちゃった、てへぺろ、的な。私なら少なくとも実行前に、中断される最優先作業というのは何なのか確認しそうです。強いAIが実現している世界なら、「予期せぬ影響」の具体例を予期するように指示するかもしれません。

超ビックリの結末は超大作の始まりに過ぎません。話はⅡ「救世群」に続きます。


天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈下〉
小川 一水 著
ハヤカワ文庫JA
ISBN: 978-4150309695

天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉

いきなり余談だが、Hatena Blog のログイン情報保持の仕組みがいまいちよく分からない。「記事を書く」をクリックすると画面が表示できない、みたいなメッセージが出てくる。ログインというボタンがあるからログアウトした状態なのだろうか。そこで画面左上の Hatena Blog というところをクリックしたら、Hatena Blog のトップ画面らしきものが表示されて、この時点で「記事を書く」というリンクが表示されている。そこをクリックしたら今の画面になったので、これを書いている。ログインの手順は踏んでいない。

§

てなわけで、今日紹介するのは、天冥の標。SFです。長いです。まだ3巻までしか読んでませんが、読んだところまで紹介していく予定です。

今日はⅠ(上)。この巻に出てくるメインキャラは、医師のカドムと、謎の人物Xみたいなイサリ。イサリは《咀嚼者》(フェロシアン)、となっていますが、そう言われても何のことかさっぱりでしょう。

土着の有害な怪物らしい
(p.162)

この巻の物語はメニー・メニー・シープという植民地が舞台です。ある地区で猛烈な伝染病が流行します。

半日で十人以上も重態になるって、やばくない?
(p.27)

とてもヤバいです。冥王班というウイルス性の病気です。実はイサリというのは、この病気の感染源なのですが、イサリは意図的に感染させる気はなくて、自分が原因で死者が出たことを知ると大変な後悔をします。

この星を支配しているのはユレイン三世。電力を独占することで権力を維持していますが、電力事情が悪化しつつあるため、あちこちから反感が高まっている、という状況です。

酸素呼吸をおこなわない《海の一統》、《恋人たち》というアンドロイドや、共意識を持つ《石工》など、魅力あるキャラクターが続々と出てきますが、まだこの巻は伏線といった感じで、後からもう一度読み直せば新たな面白さを発見できそうです。

 

天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉
小川 一水 著
ハヤカワ文庫JA
ISBN: 978-4150309688

数学する精神 増補版-正しさの創造、美しさの発見

今日は新書で、「数学する精神」。

細かい話ではなく、ざっくりした「数学とは何ぞや」系のお話が著名な数学者と並んで出てきます。

第2章の「ウサギとカメ」は「アキレスとカメ」のパラドックスの話。このパラドックスは有名ですが、同じ章に出てくるの垂直二等分線の作図の話は興味深い。

例えば線分ABの距離を1として、左で書いた2つの円の半径も1とすると、二つの交点は線分ABからの距離が√3/2 のところにある。これは有理数ではないから、有理数しか知らない人にとってはそんな点が存在するとは言えない!
(p.45)

その視点は思い付きませんでした。

第5章の

「0個のものから0個を選ぶ」選び方は何通りあるか?
(p.149)

というのが禅問答に似ているという話も面白いです。

第8章では、等比級数の和の公式から導き出した、

...999999999 = -1
(p.217)

という一見謎の等式が紹介されています。...のところは無限に9が続いているというのですが、無限に大きいと思われる数が -1 と等しいというのはどうなの、という違和感を指摘しているのでしょう。

ちなみに、プログラマーの感覚でいえば全てのビットが1の整数が-1になるというのは違和感がない、というかむしろ当たり前だったりするから不思議なものです。

 

数学する精神 増補版-正しさの創造、美しさの発見
加藤 文元 著
中公新書
ISBN: 978-4121919120