今日の本は、小川一水さんの「天冥の標」の前回の続きで、「Ⅱ 救世群」。
テーマはアウトブレイクです。
一類感染症が突発したかもしれない
(p.24)
数年前なら1類って何、という人が殆どだったかもしれませんが、今はそうでもないでしょうか。この感染症はⅠで出てきた冥王班。今回はそれと対決する医師、患者たちの話です。文化的なネタもいろいろ出てくるので、民俗学的な背景知識があるとより美味しくいただけると思います。例えば、
ニハイの正式な葬儀では、遺された者が故人の肉を少しずつ切り取り、バナナの葉に包んで蒸して食べる。
(p.12)
病気の伝染を防ぐという目的があるので、基本的に人肉を食べることはタブーとする文化が多いのですが、葬儀としての食人の風習は日本でも各地でみられたようです。
ところで、女医の華奈子が尊敬する人物として、C.P.スノーという名前が出てくるのですが、
顕微鏡もない時代にコレラの感染ルートを解明した
(p.80)
これは実在するジョン・スノウ氏 (John Snow) のことだと思われます。
今回の舞台は日本も含まれています。日本で新型の感染症が流行する、という筋書きで、SFなのですが今の時点では猛烈にリアルな話。
新幹線や空港だけでなく、駅頭でもデパートの中でも、新宿の居酒屋ののれんにすらも、数ヵ国語で書かれた同じ文字が叛乱していた。「お客様のご健康のため、マスクをおつけください」
(p.264)
日本人はマスクが大好きなのです。ちなみに、冥王班は涙が乾燥した粉末で感染するという特徴があるので、
患者から剥落したあとの、微細な体細胞ないし分泌物でうつるというのは、天然痘や結核と同じ感染の仕方であり、空気感染として扱われる。
(p.148)
だそうです。Ⅰでは保菌者であるイサリに触れたカドムが感染しなかった、というシーンがありました。
冥王班は回復した後も感染能力を維持し続けるというトンデモない病気です。そこで、回復した人は特定の場所に隔離して一生過ごしてもらう、ということになるのですが、
地域住民を守るために患者群を排撃する――プラスの仲間たちを守るためにマイナスの人間を締め出す――きれいな世の中を守るために汚いものを封じ込める――それのどこが悪い? 人間は昔からそうしてきた。当然の、必要な行いだ。
(p.288)
言っていることはわかりますが、何か怖いものを感じます。この作品は2010年、今から10年前に発表されていますが、その時点でこんな話が出てきます。
近親者が冥王班でなくなった人は、検査で無事だと分かった後も、勤め先から休暇を取るように強要されたり、客先から取引を断られたりした。
(p.287)
最近どこかのニュースで聞いたような気がする話ですね。気のせいでしょうか。
屋内で半径二メートル以内に近づいて呼吸した場合には、特に危険だということもわかった。
(p.313)
ソーシャルディスタンス。
二週間ほど前、戸山の病院に緊急転送されてきたインド大使館の武官が、最初のひとりらしいということは、関係者の間では公然の秘密だった。
(p.324)
武官が感染源…というのが何かを予言しているようで怖いですね。
天冥の標 2 救世群
小川 一水 著
ハヤカワ文庫JA
ISBN: 978-4150309886