Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

偏差値29からの東大合格

いわゆる受験本、それも東大合格のノウハウ本。実は書店に行くと東大合格のために書かれた本がたくさん置いてるのでびっくりするはずです。新宿紀伊国屋書店の8階は参考書コーナーで、南側の窓際にいわゆる受験本が置いてあります。ここの書棚1つ分が全部東大受験本です。

東大を受験する人のための本が何十冊も出版されているということは、もしかして東大を狙っている受験生何十万人もいるのだろうか、と誤解してしまいそうです。売れるのだろうかと心配になりますよね。でも私みたいなのが買うから大丈夫なのでしょう。

私がこの種の本を買うのは理由がありまして、投稿ネタ用です。実はYahoo! 知恵袋というところで長年回答を投稿しているのですが、最近は大学受験カテゴリに居座っています。このカテゴリは簡単な質問がとても多いので、回答が簡単に書けて楽なのです。

例えばこんな質問がFAQです。FAQ どころか VFAQ です。very FAQ です。

偏差値40なんですが、今から死ぬ気で勉強したら東大に受かりますか?

こんな質問、誰でも速攻で「受かりません」と回答できるでしょう。小学生でも回答できます。だから何でわざわざこのような質問を投稿するのか分からない。ちなみに「受かります」というのも正解です。死ぬ気で勉強する人なんか今の日本には一人もいないからです。

さて、回答は簡単に書けますが、自分のルールが1つあります。他の人の意見を引用することです。他の人というのは著名人、オーソリティです。例えば茂木先生はこのように言ってる、だからイケるよ、あるいはだからダメだよ、みたいな文章にします。

何でそんな面倒なことをするか、ネットのような信頼度が低い場所に書いても信頼していいかどうか、見る方も判断に困るから、そのための材料を示すべきである。いや違います。ぶっちゃけそんな真摯な理由ではありません。茂木先生がこう言っている、と書いてあったら、反論は私ではなく茂木先生を相手にしなければならない。知恵袋にそんな面倒なことをする人は、あまりいないですね。つまり、面倒を回避する、それが目的なのです。

1度だけその引用に対して「○○って本当ですか」みたいな質問があったような気がします。確か、他の回答者から本当ですというコメントが付いていたような気がするけど、私は無視しました。本当かどうかは、私には関係ないからです。○○先生は○○と書いている、だから○○という結論になる、それだけ示せば後は当事者でやってくれというスタンスなんです。

そういう時に使うのが、この手の受験本です。本にこう書いてある、というのは説得力があります。それに、この手の本の著者って、東大卒が多いです。もちろん、この本の著者、杉山奈津子さんも東大卒です。東京大学薬学部を卒業しています。

この本には何かすごいことが書いてあるのか、というと、実は珍しい話は殆ど出てきません。むしろ普通の勉強法のオンパレードです。勉強法の見出しをいくつか紹介してみると、

1. まずは、いきなり「過去問」から!」(p.66)
4. 教科書は捨てて、問題集の解説を頼るべし」(p.74)
7. 間違いは、“貴重品”として大切に使う」(p.81)
15. 眠くなったら、即寝るべし」(p.100)

いつも知恵袋の回答に書いているようなことがたくさん出ています。受験本を何冊も読めば分かるのですが、実は大抵の本には同じようなことが書いてあります。つまり、殆どの裏技は、受験勉強的には常識的なことなんですよね。やれば受かる、やらないと落ちる、そういった当たり前の法則がたくさんあって、それが網羅されている感じです。

教科書やらないで問題集とか、普通じゃないだろ、とか思った人、ビリギャル読んでないでしょ。受験勉強は教科書じゃなくて問題ベースでやるというのは、この世界では常識なのです。そういう意味での普通の勉強法なので、ドラゴン桜的な勉強法をあまり知らない人なら、この本に書いてある勉強法はマジで解釈して大丈夫だと思います。

ちょっと面白いと思ったのは、

74. 試験1日目の解答を見てはいけない!」(p.224)

1日で試験が終わらないような大学を受ける人もそんなにいないと思いますけど、この理由が、

2日目の精神状態が、その結果によって揺らぐ場合があるからです。
(p.224)

なるほどと思いました。

もちろん、逆に、これは違うのではというのもあります。細かいところを書いてもアレなので今回は省略します。

ところで、この本は、何度か、この本自体が質問の対象になったことがあります。偏差値29から東大に合格するなんて本当なのか、という質問です。常識的に考えて、

ちなみに、東大の偏差値はだいたい70くらいです。
(p.2)

というような大学に偏差値29からスタートして合格するわけありません。でも本当です。ただし、この数字にはトリックがあります。これは数学1科目だけの偏差値なのです、それもかなり苦手科目。噂ではさらに東大模試の偏差値らしいですが、そこはこの本だけでは分かりませんでした。ただし杉山さんは1浪で理2に受かっているから、1年余りで数学は合格点が取れるレベルになったことになります。これは珍しいケースだと思います。

偏差値29から合格なんてタイトルには、全科目の偏差値が29でも入れると誤解することを期待しているようにも見えるので、個人的には下手なタイトルだと思うのですけどね。詐欺師がよく使う手法です。数学の偏差値29から理2に合格、みたいなタイトルの方が「をっ」と思うのですが。しかしこの本を買う人の99%は、そんなことはどうでもいいのでしょう。

この本で一番面白いと思ったのは、本文じゃなくてあとがきのところです。

東大生が、なぜ就職などで優遇されると思う?
(p.254)

東大薬学部の教授が杉山さんに質問したそうです。この答が、

なぜかというと、あの入試を解いて合格して入ったからだ。それだけだ。入試問題を解いて合格するために、頭を使って頑張った。努力した。東大生は、努力できると思われているからこそ、評価されるんだ
(p.255)

>なるほどという感じもしますが、本当に頑張ったのか、努力したのか、そこは個人的には微妙な感じもするのですが、それはどうあれ「努力できると思われている」というところは本当なのかもしれません。知恵袋を見ていると、努力ではなくて地頭だという人が多いような気もするのですが。

この本は最近マンガも出ています。杉山さんがご自身で描いてます。絵が気にならないのならそちらを読んだ方がいいかもしれません。

偏差値29からの東大合格
杉山 奈津子 著
中央公論新社
ISBN: 978-4120042263


コミック版 偏差値29からの東大合格超勉強法
杉山 奈津子 著
主婦と生活社
ISBN: 978-4391149289

ブラック企業に勤めております

中途採用で入った会社がブラックだった。ということになるとシリアスに超暗い話になるか、ドタバタコメディになるか、どちらかしかなさそうだけど、この話は後者の軽い系ですね。

普通の企業とブラックって何が違うかというと、一つは「できることからやろう」が普通の企業で、ブラックは「できないこともやれ」みたいな。できないんだけど。しかも、できないヤツが集まってくる、それがブラック。

この本はブラックあるあるかなと思ったのだけど、Amazon の書評とか見るとどうも厳しい意見が多いような気がする。個人的には気軽に楽しく面白く読めたような気がしたけど、一体この話のどこが気に入らないのだろうか、よく考えてみると、もしかしたら本物のブラックを知っている人にとっては「こんなのブラックじゃない」ということかな。フィクションなんだからリアルを追求しても仕方ないような気がするけど、本物はこんなものではないというのなら分かるなぁ。

ただ、おそらくブラックにも高いレベルのブラックと低レベルのブラックがあって、レベル高いのって今更会社名出す気にならないから出さないけど東大卒の女子社員が自殺して話題になったアレ。そういう世界は私はよく知らんのでパス。私の知ってるブラックは逆のベクトル。

給料安いし、朝礼長いし、仕事量は多い! その上、パワハラモラハラのオンパレード! 最低だよ! だから、他の新人は辞めちゃったんだ。
(p.161)

啖呵を切っているのは柚木くん。ブラックにいそうな典型的なダメ社員。コンビニ人間にも社会的不適合者が出てきたけど、柚木くんは約束は守らないどころかウソをつくし遅刻するしお客様の訪問はバッくれるし社印を偽造する、しかもそれが先のような理由があるから正当だと主張する。最後はもっとスゴいことになるけどネタばれになるから書かない。

リアルでそんな社員っているのですか、と思う人がいるかもしれない。あなたの人生、幸せだったでしょ。まあ、いますよ普通に。ていうか、最後は会社の金持って逃げるとか、そのあたりまではリアルに知ってる。「あいつ金持って逃げたよ」と言われたときは、ふーん、としか言えなかったけど。そういうの、見た目は分からないですよね、逃げるまで。

私はウソが絶対につけない性格なのでウソがつける人というのは尊敬しているのだけど、仕事してないのならしてないと言えばいいのに、したことにしてややこしくなる程度なら、ブラックじゃなくても普通にありそうな気もするなぁ。いつの間にかできてますみたいなウルトラCがあればいいのだけど、大抵は深みにハマりまくってウルトラQのオープニングのようなぐるぐるした世界になってしまう。

まあ気楽にポテチでも食べながら読めばいいんじゃないの、という感じ。ポテチ業界がピンチらしいけど。結論的には、個人的には、不可でもカフカでもないです。

要はる 著
集英社オレンジ文庫
ISBN 978-4-08-680108-9

その女アレックス

ピエールっていうと「どこでもいっしょ」をふと思い出してしまうのだが、というのはおいといて、これは推理小説ですね。ミステリですね。だから必然、推理しながら読むわけですが、えっ、そうなの、みたいな展開がてんこもりで訳が分からないまま翻弄されて、最後に「そうきたか」というのが素晴らしい。

推理小説だけに、今回はネタバレになりそうなポイントは全部避けますけど、まずタイトルにも出てくるアレックスですね。これは紹介しなければ。ヒロインです。

アレックスはどんなファッションでもだいたい着こなしてしまう。それはアレックスが美人だからだ。
(p.11)

このストーリーはこの美人のアレックスが誘拐されるところから始まります。探偵役はカミーユ。警部だけど。この小説のキーマン、主人公ですね。

カミーユ・ヴェルーヴェンはめったにどならない。いつも毅然としている。背が低く、痩せていて、しかも禿げているが、肝が据わった男だということは誰もが知っている。
(p.23)

痩せてなかったらポワロって感じかな。でもポワロほど明るい感じはしません。基本、暗い。なぜなら、カミーユは懐妊中の妻が誘拐されて殺されたという暗い過去があることになっていますから、そりゃ暗くなりますね。誘拐事件は死んでもイヤと拒絶するのに、なし崩し的に捜査することになる。署内の様子も実に興味深い。パリも日本のドラマの警察も同じドロドロを感じさせるややこしい職場のようで、嫌いな奴が結構出てくる。登場人物も好感度が高いキャラはあまりいなくて、妙にヘンなのが出てくる。これは途中に出てくる夫人なのですが、

それに、あの魔女のような顔も慣れてしまえばなんとか我慢できる。要するに忘れることだ。夫人自身も忘れることにしたに違いない。欠点とはそういうものかもしれない。ある時点から本人は忘れ、気づくのは他人だけになる。
(p.240)

そういうものかと言われたら、まあそうかな。この小説もクライマックスというか読みどころはやはり、尋問ですね。トークバトル。容疑者をネチネチと攻撃して自白させようとする、誘導尋問ですな。

「証拠があるのかと訊くのは……」とカミーユは続けた。「内容そのものを否定できず、あとは逃げ道を探すしかないときですよ」
(p.362)

論理的にはほぼ無茶苦茶ですけどね、証拠があるかなんていつでも気軽にオーダーしてしまうFAQだし、まあでもねちっこいです。容疑者の心理描写もハッとさせてくれます。

個人的に気になったのが、アレックスが読んでいた本で、

危険な関係』、『谷間の百合』、『赤と黒』、『グレート・ギャツビー』、『異邦人』…
(p.294)

どういう選択なのかな、異邦人で死ぬのはママンのはずだけど、そして、この小説は結構死にます。連続殺人事件。ちょっとキツい描写も出てくるので、そういうのはイヤなら避けましょう。好きなら、暗い部屋で一人でこっそり一気に読んでください。

その女アレックス
ピエール・ルメートル著、橘明美訳
文春文庫
ISBN978-4-16-790196-7

もの忘れの脳科学

もの忘れはなぜ起こるのか。現時点の認知心理学では主流になっているワーキングメモリという考え方を使って、もの忘れについて説明した本。全く何も知らないとちょっと難しいかもしれないが、心理学を少しかじった経験がある人なら、満員電車の中で暇つぶしに読めるレベル。

実はこの本、2つ目的があって読んだ。1つ目は、記憶は寝ている間に定着する、という説。これに関しては何も書いてなかった。

もう1つは、短期記憶の時間。とある本に、短期記憶は数時間とか1日程度で消える、みたいなことが書いてあったのだ。そんなに長いわけないだろ、と思ったのである。私が心理学の講義で聞いたときは、たかだか数秒とか、そういうものだったから。この本、最初の方でまず長期記憶について説明した後、次のように書いてあった。

一方、短期記憶は短期間の一時的な情報保持の貯蔵庫であり、保持できる期間には限界がある。そのため、繰り返しその内容を反復する「リハーサル」が行われない場合には、ほぼ20秒間にその90%が忘却されると考えられている。
(p.26)

これは私の記憶に近い内容である。もっとも、これは二重記憶モデルにおける短期記憶の説明で、その後出てくるパドリーのモデルエピソードバッファのようなものが出てくると、どこでどれだけ記憶が維持されるのか、この本だけではハッキリしない。ただ、流れとして数時間というのは有り得ないような気もするが。

この本の前半には、リーディングスパンテストと、リスニングスパンテストという、2種類の実験が出てくる。これは文章をどんどん読ませて、あるいは聞かせて、その中に出てくる単語を答えさせるというものだ。いくつか文を読んでいるうちに、最初に読んだ文の内容を忘れてしまう、というのは読書あるあるですよね。

テレビのクイズのようなテンパった状況だと、2番目にもらったヒントに飛びついた人が最初のヒントを無視して回答することがある。「ヒント1、植物です」「ひまわり?」「違います。ではヒント2、桃色です」「フラミンゴ」みたいな。うっかりというよりも、頭に何も残ってないのではないかと思うけど、ここで最初にもらったヒントがどこかに行ってしまう理由が、ワーキングメモリの容量は少ないので、最初に入れた情報がどんどん上書きされてしまう、というような話なのである。

この本で面白いと思ったのが、読解力。読解力というのはもちろん、本を読んで書いてあることを…というような話はおいといて、

大学生50名のスパン得点と読解力テストの成績とを比較したところ、両者の得点には統計的に有意な相関が認められた。
(p.61)

というから、ワーキングメモリが大きい人の方がいろいろ覚えてられるから読解力も高いのではないか、と思うでしょ?

これが違うのだ。リーディングスパンテストの後、「ところでこの単語はテストの文章にありましたか」といった質問をすると、

実際にあった文や単語を「あった」と正しく答える割合(再認成績)は、低得点群の人たちが高得点群よりも高かった。
(p.65)

というのである。つまり、暗記という点でいえば、リーディングスパンテストの成績が低い人、つまり、読解力がない人の方が、暗記力が優れていたのである。これは次のような解釈になっている。

しかし、低得点群は、内容の理解とは特にかかわりない文章や単語など、多くの内容をそのまま記憶していたようだ。多くの内容を記憶してしまうと、覚えることにワーキングメモリの / 容量を消費することになり、そのため、内容の理解が不十分になってしまうのだろう。
(pp.65-66)

つまり、覚えなくてもいいようなことまで覚えるから理解できなくなる、というのだ。必要なことだけ覚えた方がメモリは少なくて済む。同じメモリ量なら、重要なことだけ覚えた方が読解には有利だ。言われてみたらそんな気がしてくるでしょ。

同様に、老人になるともの忘れする、あるいは覚えられなくなる。これは記憶力が弱くなるためというのが定説なのだが、この本ではもう一歩踏み込んで、

高齢者のワーキングメモリの脆弱化が、もの忘れの頻度を高くしている
(p.119)

と分析している。例えば、最初に覚えたことがワーキングメモリに入ったら、次に覚えるときにこれを上書きしないといけない。ところが、老人の場合、最初に覚えたキーワードがなかなか抜けてくれずに、次に覚えるべきことが頭に入らないというのである。忘れようにも覚えていない!

長くなったので端折るが、後半にはワーキングメモリを強化するアイデアとか、ポジティブな言葉の方がワーキングメモリを活性化するとか、面白い話がいくつも出てくる。ポジティブシンキングという言葉も既にありふれた感じだが、まさかそれが記憶に影響するとは思わなかった。奥が深い。

もの忘れの脳科学
苧阪 満里子 著
講談社ブルーバックス
ISBN: 978-4062578745

電波オデッセイ 2

『ほんとうのこと』は
とてもつよいのです
(p.77)

野川さんは病気で小学生のときに1年遅れている。それで漢字を書くのが苦手だけど本を読むのは好きで文章を書くのは上手い、という微妙な設定。

その野川さんに片思いしているリアル変態のキタモリがゴミ箱から拾った野川さんのノートを拾って中を読んだら採点された酷い点数の作文が挟んであった。内容は悪くないのに点数が悪いことに疑問を感じたキタモリは、減点の理由が先生の誤解であることを知る。

いくらがんばっても
ダメなことが
この世にあっても
不思議じゃないよね
(p.61)

リアルに厳しいがそれが現実というものだ。キタモリは先生が勘違いしていることを野川さんに伝えたいのだが、しかしノートを読んだことを伝えたら変態行為もバレてしまう。悩んで葛藤して出した結論は、

ボクだと
わからなければ
いい

わからなければ
なんでもできる
(p.65)

それ違うと思う(笑)

本当に違うのに何かの誤解で大変なことになってしまったぞ、みたいな経験は誰にでもあるのかもしれないが、私は結構何度もあって、その成果なのか「逃げる」がポリシーというヘンな性格になってしまったのだが、ここ最近、逃げるのは恥ではないということになって大変ありがたい。

話は戻るが、この巻では裏方で原さんが大活躍していて、最後までキタモリアレだというのをバラさないのは何か信念か怨念があるような気もするが単に面白がっているような気がしないでもないが、とにかく我慢が凄い。

野川さんの話が落ち着いた後の後半は、この原さんがこれまた勘違いというか八つ当たり的な攻撃を受けてわけのわからない事態になってゆく、という感じで3巻に続く。やられていることはいわゆる「いじめ」なんだけど、勘違いとはいえ理由が明確なのでそのあたりは少し非現実的かもしれない。

電波オデッセイ 2
永野のりこ
アスキー出版局
ISBN4-89366-953-2

悲業伝

順序が前後したけど、四国編の真ん中がこの悲業伝。地球撲滅軍の氷上竝生と左右左危のおばさん二人がさりげに活躍する。内容は面白いけど、アニメにしたらヴィジュアルがどうなんだろ的な。

もう一人この巻でメインを張っているのが手袋ちゃん。おどおどした印象だが、案外ハッキリした性格。

「私は犬よりも猫が好きです」
(p.46)

犬好き相手にこんな返事するのもどうかと思うし、このときは相手が最悪だったから本当にヤバいことになりかけた。実際、世の中の戦争なんて大抵このレベルのことが発端なのかと思ったね。

手袋ちゃんは、基本的に人類のためなんて考えていない。誰かの命を守りたいとも思っていない。むしろ邪魔な人達がいなくなるといいと思っている。手袋ちゃんにとっての究極魔法は「種を滅ぼす魔法」(p.78) だから、つまり、頭のどこかで人類は絶滅していいと思っている。実際、そうなれば案外地球は平和になるのかな、とか思っている人はリアルに案外いるのではないか。逆にいえば、人類が絶滅しない限り、平和な世界など絶対にやってこないという確信。もし地球上に男性2人女性1人だけ残ったとしても、この3人で確実に戦争が起こるような気もする。

この手袋ちゃんの面白いのは、その上でしかも

「戦争が。終わらなければいいと思っている。」
(p.105)

という発想だ。このロジックは単純で、手袋ちゃんの存在価値は戦争がなくなった瞬間に消滅してしまうから。で、この手袋ちゃんが、元美少女【謎】二人と出会う。相手は

まさか二十代後半になって、幼稚園児のときにも着たことがないようなフリルのワンピースを着ることになろうとは、予想だにしていない氷上女史だった。
(p.163)

という状態。ぱっつんぱっつんの魔法少女のコスチュームを着ている大人二人に対して「気持ち悪い」と叫んで全力で逃げ出すのは、まあ当然なんだろう。余計な一言が言えたのが流石だ。ていうか、よくそんな服を着たなと思うが、これは氷上さんの生き方なのだ。

こういう環境に、適応するしかなかったって感じだよね。私は――私はとにかく必死に生きていただけで、思想とか、志とか、信念とか、そういうのはなかったよ
(p.42)

生きるために仕方なく生きる、それが生きるモチベーションになってしまうというのは人類に限らず全動物、全生命体の宿命ではないか。それが最近の日本では崩れてきているような気がしないでもないが。しかし、この後に出てくる、戦争が終わったらどうするかという質問への答はかなり凄い。凄すぎるのでネタバレするのはちょっといけない気がするので書かない。そこまでクールな考え方が出来るというのは炎血の使い手としては意表を突いてきた感がある。

今回、冒頭のキャッチで気に入ったのは、これ。

失敗したとき、「それまでうまくいってたこと」がわかる。
(p.110)


非業伝
西尾維新 著
講談社 発行
ISBN978-4062990172

明日、ボクは死ぬ。キミは生き返る。

目の前で女子高生が交通事故で死ぬところからストーリーが始まる。

お前の寿命の半分で、彼女を助けてやろうか
(p.11)


黒いローブを纏った不気味な人影にそういわれて、やってみろよと言ってしまった。次の朝、目が覚めると1日分の記憶が飛んでいる。主人公の坂本(男)は、事故死した夢前(女)の人格が1日毎に入れ替わる体になってしまった。だから夢前の人格が現れている間の記憶がない。

というどこかで観たようなストーリーだが、やがて入れ替わりに気付いた二人はスマホではなく日記でコミュニケーションする。こちらは2013年に発行されているから、こっちが先だけど、多重人格で交互に入れ替わるって、元祖は何だっけ?

それは気にしないことにして、この話はラノベ。軽く読むべきものである。後半に出てくる風城の行動も非現実的でいまいちインパクトがない。普通の学校生活と人格交代というフィクションの要素の葛藤というか落としどころが難しいのかもしれないが、そんなに深い話を期待して読む人もいないだろうし、むしろちょいエロ的な軽いジャブが面白い。

これね、先生が開発した「パンツだから恥ずかしいもん!」ってアプリなの。
(p.58)


写真を撮ったらパンチラ変換してくれるというどストライクなアプリなんだけど本当にあるのだろうか。思わず開発してしまいそうになったけど車輪の再発明はしたくないし。ラノベだけにこの後ちょっとヘンな方向にストレートしていく。とはいってもアダルトまで行かない深夜アニメレベルの話。しかしこのどうでもいい小ネタが後で使われるというのは意外だった。侮れない。

あまりキャラも出てこないけど、ちょっと悲劇なのが、かすみちゃん。

「君が好きなのは俺じゃないんだ。だから、ごめん」
(p.161)

夢前の人格でさんざんアプローチしておいて坂本の人格でごめんなさいはヒドいと思うけど、奥寺先輩は何となく魅かれたという描き方だったけど、こちらはラノベだけにアプローチが無茶苦茶なのが笑える。各キャラの立ち位置というか性格的な設定があまり一貫してないというか、ハチャメチャな性格というところで一貫しているのか。

続編が出ているが、そちらはまだ読んでない。機会があったら読んでみたい。


明日、ボクは死ぬ。キミは生き返る。 (電撃文庫)
藤まる 著
アスキー・メディアワークス 発行
ISBN 978-4048913294