Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

短編少女 (2)

今日中に終わらせておきたいので、今日は11日に最初だけ紹介した「短編少女」の残りを書く。13日と14日にもちょろっと書いているけど、とりあえず3作目から。

道尾秀介さんの「やさしい風の道」の途中に出てくる「はげキオ」の話は先日紹介したので省略する。主人公は章也という少年。短編少女という文庫なのに、この本には実在の少女は出てこない。次の描写が印象的だ。

素早く姉の顔を振り向くとこちらに向けられた両目が急に奥行きをなくし、レモン形の紙を貼りつけたように見えた。
(p.103)

独り言をいう癖がある人なんていくらでもいるが、この話のレベルで一人で会話できたら二重人格に近いのではないか。姉というのは章也が生まれる前に死んでいるのである。作品中ではすごくたくさん会話する。それを確かめに昔住んでいた家に行ってみる。私も昔の家に行ってみたことがあるが、たどり着いたら化物語みたいに更地になっていた。この話ではその家に住んでいる瀬下という老人がキーマンで、天気が分かる能力者。そういう老人も心当たりがある。

「何で、雨が降るってわかるんですか?」
「風だよ。働いていたときに、仕事で草や木を調べていたんだけど、そのうちに、なんとなく風で、天気がわかるようになった」
(p.116)

deep learning でしょうね、多分。

4作目は中島京子さんの「モーガン」。モーガンというのは少女の名前だ。出てくる少女はクミコ。クミコはモーガン以外の少女からはムンバイと呼ばれている。ややこしい。そして、稲垣とダブルベ。あだ名の理由は小説に出てくるから省略。そういうことで呼び方って決まるのか、というのがちょっと面白い。まあそういうものだったような気もする。舞台は中高一貫の女子高で、クミコはモーガンが好きなのである。

でも、モーガンを見ていると胸がドキドキするんです。
(p.159)

保健室の熊沢先生にも「モーガン」で通じるらしい。結局、

どうして私はモーガンに好きだと言わなかったのだろう。
(p.170)

ということになるのだが、これはこれで正解だったと思う。人生にはいろんな正解がある。

5作目は中田永一さんの「宗像くんと万年筆事件」。この話は結構好みだ。先日「普通に読んでいけば分かる」と書いたのは、例えば、

「変だぞ……」と、宗像くんがつぶやいた。
「なにが?」
(p.200)

この時点で、何が変なのか分かるという意味だ。主人公の少女は山本さん。万年筆を盗んだという疑いをかけられてしまう。なくなった万年筆が山本さんのランドセルの中から見つかったのだ。先生にも疑われてしまう。

「片親だから泥棒に育ったんだよ、きっとね」
(p.183)

余計なところが妙にリアルなのは何か体験したのだろうか。友達も全員離れていく。昨日紹介した「レキシントンの幽霊」の中の「沈黙」という作品で、「ある日突然、僕のいうことを、あるいはあなたの言うことを、誰一人として信じてくれなくなるかもしれないんです。」と言葉が出てきたのを思い出す。しかし母親だけは山本さんを信じるように設定したのはなぜだろう。親にまで信じてもらえない状況なんて、いくらでもありそうなのに。

いいと評していた十円のエピソードというのは、

「いきなりこんなことを言うのはもうしわけないんだけど、十円を貸してくれないかな……」
「……いいよ」
(p.186)

この十円は、別の町で働いている姉に送る手紙の切手代が足りなかったのである。十円足りなくて送れないなんて。

「この十円は、いつか絶対に返すからね」
(p.187)

この十円は、宗像くんが最後の方で引越しの挨拶をしに来たときに返すことになる。

「自販機の下をさがして見つけたんだよ」
彼の手のなかにあったのは薄汚れた十円玉だった。
(p.228)

成績がよくて皆から信頼されている人が実は犯人という、お金もない宗像くんとの対比が極端すぎるのが面白い。銭ゲバみたいな世界観じゃないか。

6作目は加藤千恵さんの「haircut17」。

十七歳は中途半端。
(p.233)

18歳でいろんなリミッターが解除されるので、確かに17歳は最後の不安定な歳かもしれない。翼の折れたエンジェルだと初めての朝。主人公の優希は倉野くんに告白されてどうするか悩む。2か月も待たせてまだ返事しない。優柔不断なのだ。決断することができない、全て中途半端。倉野もよく待つものだと思う。それで優希は髪を切る決心をする。

髪を切ってから倉野くんに、昨日はごめんなさい、よかったらもう一度二人で会って話したいです、ってメールをする。
(p.256)

大人のカッコイイのってどんなところ、というのをラジオでやっていたけど、「何でも自分で決めるところ」みたいな答をしたのはぼくリリさんだっけ。よく覚えてない。メモっておけばよかった。

7作目は橋本紡さんの「薄荷」。ハッカー。違うけど。関係ないけどマツコさんがミントチョコが苦手なのは何故だっけ。出てくる少女の名前は有希。でもこの話は、途中に出てくるナラオカジという元同級生の男子の存在感がスゴい。

私はふと、彼と寝てみたいと思った。どんな感じがするんだろうか。きっと楽しいんじゃないかな。
(p.278)

ここだけ引用したら随分軽い娘のような気がするが、この有希は村田くんを好きになってしまう。でも、

村田に告白すべきでしょう」
「ええ、無理」
(p.279)

こんな感じ。有希はヨッちゃんと何でもない話をするのがいい(幸福?)と思っている。

こういう瞬間があるんなら、それでもいい
(p.284)

何かそこには悟りの境地のようなものがあるような気もする。しかしこの話を読めば「haircut17」の優希って全然中途半端じゃないように見えてくる。名前が似ているのは性格も似ているからなのか。

やっとここまで来たか。8作目は島本理生さんの「きよしこの夜」これを今日中に書いておきたかった。ちなみに作品中ではイヴではなく25日の夜の話が出てくるのだが。

もうじき、お姉ちゃんが死んで、一年が経つ。
(p.291)

この文庫本の作品には、死んでしまう人が結構多い。この作品も、話が始まったときにもう死んでいる。お姉ちゃんは真希という名前で、主人公の望の姉。望の友達の多枝ちゃんは割と解りやすい。しかし名前に「希」という漢字がやけに多いのは、流行でもあるのだろうか。レア教みたいな。

「そういえば昨日のニュース見た? 付き合ってた彼女にふられたからって刺し殺しちゃったやつ。あの犯人、うちらと同い年だよね」
(p.311)

こう言ったのは多枝ちゃんだが、こんな感じでストレートにストーリーをアシストする役目のようだ。多枝ちゃんの幼馴染の武田君は望に告白したのに反応が微妙なので自分から諦めてしまう。難問にチャレンジしてがんばるタイプで、少しややこしい奴だけどわかりやすい。

この話が難しいのは、お姉ちゃんが何故死んだのかというところ。理由は曖昧になっているから実は分からないのだが、望は自分のせいだと思っている。お姉ちゃんと望がバイトに申し込んだら望だけが採用になった、それが原因だというのだが、どうも分からない。そういうところが面白い。

ここまで書いてしまったから最後の作品も書くしかない。村山由佳さんの「エスタデイズ」。これはサワヤカ系なんじゃないかな、タイトルのイエスタデイズはヘレン・メリルさんの歌のタイトル。

スーくんの家は木工所を営んでいた。
(p.354)

スーくんという呼び方は反則なのでは、ちゃんと後で理由も出てくるけど。家が木工所のようなのは、昔そういう感じの家を知っていたので何かレトロな親近感がある。

私はジャズを殆ど聴かないのでよく分かっていないのかもしれないが、

もしかして、ああいうときの母も、飲みこみがたい何ものかを音楽に溶かしてもらっていたんだろうか
(p.360)

この表現が気になった。音楽を聴いているうちに気分がほぐれていくというのは分かる。とはいっても最近は欅坂46の不協和音みたいに三角波で頭が削られそうな感じの曲を主に聴いているから、音楽で心がほぐれるかと言われると自信がない。そういえば欅坂は紅白でこれを歌うらしい。イエスタデイズはググって YouTube で聴いてみた。ほにゃぁんとした感じだった。確かにゆでた袋麺のようにほぐれそうな気がする。


短編少女
集英社文庫
ISBN: 978-4087455731