Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

王室と不敬罪 プミポン国王とタイの混迷

てなわけで紹介するのは「王室と不敬罪」、プミポン国王とタイの混迷、というサブタイトルが付いている。タイの現代政治、特に 2014年のクーデター前後から今に至るまでの情勢について書かれた本。

タイというのは個人的にはおおらかな国民性というイメージがあるのだが、

タイではいくらルールを作っても、いつのまにか有名無実化してしまう。
(p.85)

あまり堅いことを言わないところが進化しすぎて、ルール無用の世界になっているのだろうか。ひどい事件の例は、とてもひどい。

タイの「不平等社会」を端的に示す例が、12年にバンコクの高級住宅街で起きたフェラーリによる警官ひき逃げ事件だ。
(p.95)

運転していたのが金持ちで、警官もグルになって身代わりの使用人が自首することになるという、任侠マンガに出てきそうなシナリオだ。

ちなみに、タイは仏教国である。しかし、ウィモン・サイニムヌアンという小説家に言わせると、

「仏教自体は真実だが、一部の僧侶や人々は自己犠牲を基本とする本当の教えを理解していない」
(p.97)

ということで、どのような道徳観なのかいまいち掴めないところがある。日本は神道というより仏教がメインの混合宗教の信者が多いと思われるが、では実際に何を信じているのかというと、それはそれでよく分からない。最近は、来世を信じている人よりも、パラレルワールドを信じている人が多いような気もしてくる。

第4章は、2014年に起きたクーデターの紹介。現代の戦いは常に情報操作が伴うものだが、それに関して最も重要なことはインターネットをいかにコントロールするかということのようだ。

軍政はとりわけネット上の監視体制を強化した。その警戒ぶりは異常で、プポミン国王の飼い犬に対する皮肉さえ、摘発対象となった。
(p.161)

インターネットを完全に牛耳るのは国家規模の権力をもってしても難しいものだが、個々の事例として、次のような情報操作も紹介されている。とあるテレビ番組の話だ。内容は公開討論会のようなのだが、

軍政の『政治改革』を主導する政府要人が若者と『タイの未来』について語り合うという番組です。でも、やりとりは全て台本が用意され、その内容は軍政を支持するものでした。
(p.165)

実は出来レースだというのだ。ただ、この程度のことなら日本でも日常的に行われているような気がしてならない。全てシナリオ通りなのだ。

さて、クーデターは成功したが、2016年にプミポン国王は亡くなった。そこから新たな混迷の時代が始まっている。現在のタイはさらに情報管制が厳しくなっているのかもしれない。第5章「プミポン国王後のタイ」には、今のタイが抱える問題について触れている。特に情報管制に関しては、このように書かれている。

タイ王室が持つ権力の恐ろしさは、それについて語ることさえも許されないことにある。
(p.186)

それに比べると日本は限りなくおおらかだ。戦前はともかくとして、戦後に至ってはおかしな方向に自由があって、平然と皇室を罵倒するような投稿がいくらでもネットに現存していたりするし、しかもそれで訴えられるというような話は聞いたことがない。批判的な意見に対してはただちに反論が付くように見受けられるのは、言論の自由という意味では言論封鎖でない状況ということでむしろ正常なのかもしれないが、個人的にはかすかな違和感がある。

王室と不敬罪 プミポン国王とタイの混迷
岩佐 淳士
文春新書
ISBN: 978-4166611805