Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

100万分の1回のねこ

ベストセラー絵本、「100万回生きたねこ」には7回分の生きたエピソードが出てきます。7回目は白いねこと暮らす最終回ですが、その他のエピソードは6回だけ。流石に100万回全てを書かれたら読み切れなりそうですが、残る 99万9993回は一体どんなことがあったのか、絵本には描かれていません。

今回紹介するのは、そこをいろんな作家が書いてみたという、「100万分の1回のねこ」です。著者は、江國 香織 さん、岩瀬 成子 さん、くどう なおこ さん、井上 荒野 さん、角田 光代 さん、町田 康 さん、今江 祥智 さん、唯野 未歩子 さん、山田 詠美 さん、綿矢 りさ さん、川上 弘美 さん、広瀬 弦 さん、谷川 俊太郎 さんの13名。

前提条件として、出てくるねこは同じねこのはずなのですが、作家によって微妙というか、場合によっては激変している感じがして面白いものです。もちろん、ねこよりも飼い主の方がさらに面白い。いろんな人が出てくるのです。

読んだことのある本しか、あたしは読まない。もう知っていることしか知りたくない。
(p.63、ある古本屋の妻の話、井上荒野)

私なんかだと逆で、まだ読んだことのない本をどんどん読みたいのです。読書は趣味ですから、今まで結構な数の本を読んだとは思っていますが、この本みたいな面白い本に偶然出会うことがまだあるのです。

誰かが、40歳になったら新しい本は読まない方がいい、というような主張をしていたような記憶がありますが、その人は、40歳になれば、読んだ知識を活かす番だと言いたいのだと思います。

昔、百万男というTV番組がありましたが、「百万円もらった男」は実に悲惨です。

ああ、腹が減った。動くと腹が減るのでじっとしていたら、腹が減りすぎて動けなくなってしまった。
(p.117、百万円もらった男、町田康)

これはもらう前の話ですが、この男、自分の才能を百万円で売ってしまうのです。そこからのセコイ贅沢は妙にリアルで実に面白い。例えば、

普段から行きたくて行きたくてたまらないのだけれども高いから行けず、いずれ出世したら絶対に行ってやろうと思っていた焼き肉店
(p.125)

で食いすぎて気持ち悪くなります。まあ人生そんなものかも。私もそういう店はたくさんありますね、昼のランチ1000円超だと、ほぼ躊躇します。

関係ありませんが、町田さんの話には面白い人が出てきます。

画面に大写しになっていたのは間違いなく合間妹子。
(p.150)

私はプログラムのテストでユーザーを作る時に合間妹子という名前を使うことがあるのですが、そんなに曖昧な人が本当に出てくるとは思いませんでした。実在しない人物を考え直さないと。ていうか小説なんだから実在しないのか。ちょっと小野妹子みたいでレトロ感のある名前でしょ。

ところで、卵か鶏かという話になりますが、オリジナルの「100万回生きたねこ」を次のように紹介している箇所があります。

百万回も死んで百万回も生きた「ねこ」という猫の話。
(p.193、100万回殺したいハニー、スウィート、ダーリン、山田詠美

時系列的には、百万回生きて百万回死んだ、ということの方が適切だと思うのだが、いやまて、死なないと生きていたことにならないから死んで生きた、ということになるのかな…、とか考え出すと奥が深いです。


100万分の1回のねこ
講談社文庫
ISBN: 978-4065139981