また得意技の最新刊からの紹介になります。高校生剣士の話です。武曲は「むこく」と読みます。この本は2巻目です。
主人公の羽田はラッパー剣士の受験生。剣道は強いけど無茶苦茶です。殺人刀(せつにんとう)という言葉が出てきます。これは柳生の用語です。私は兵法家伝書を読んだので、こっちの世界は割とピンと来るのです。
どう考えても、人間同士が分かり合えるなんてことは、厳密にはないに違いない。世界の隅々までそれぞれの人の頭の中、心の中にあるからだ。
(p.58)
認識論とかですかね。羽田は哲学科に行こうかとか悩んでいるようですが、剣禅一如という言葉もあります。剣の道は禅の道に通じています。兵法家伝書には坊主っぽい話がたくさん出てきます。五輪書もそうだっけ。ていうか、そういえば羽田の師匠の光邑先生は坊主です。
小僧、稽古は、今日はいいから、薪割りを頼まれてくれんか。
(p.17)
薪割りは剣の修行にもなるようです。
薪を割る時にも宮本武蔵『五輪書』にある観見の目付でやっている
(p.70)
皆さんは薪を割ったことがありますか。剣豪が出てくるマンガとか面白いように薪を割ってますよね。普通あんな風には割れません。羽田は薪を割るときにごちゃごちゃ考えすぎていますが、薪割りは要するに薪が読めるかどうかの勝負、そこに斧でも鉈でも入れば力を入れなくてもスコンと割れます。入れるところを間違えるとどんなに頑張っても割れない…と思ったら節があったりして。
光邑先生は新陰流の話をよくします。
習、工、練ッ。これが三摩だ。
(p.167)
柳生新陰流の奥義だということですが、習って、工夫して、練習する。別に柳生じゃなくても普通にありそうな話ですね。勉強の極意は覚える、解法を磨く、問題を解く。主人公が受験生だけに、勉強ネタもかなり出てきます。
その日、俺は素振りすらせず、Z会の『日本史100題』を異常なる集中力で一気にやる。
(p.171)
Z会は「君の名は。」の電車にも広告が出ていましたが、イマドキの受験生なら誰でも知ってるのかな。TVでもCMやってるし。
禅ネタも出てきます。公案とか。アラヤシキとか。
アラヤシキノ トビラヒライテ アヤシキケシキ……アラヤシキノ ホムラヒカッテ アヤウキケシキ。
(p.156)
アラヤシキは阿頼耶識。仏教用語です。ホムラといえば魔法少女まどか☆マギカでがんばるのがほむらちゃんですね。公案というのは、
両掌相打って音声あり、隻手に何の音声かある。
(p.198)
隻手音声。有名な公案です。光邑先生は
俺にも、分からん。だが、それでいい。悩め、悩め。疑え、疑え、だ。
(p.198)
坊主のくせに無責任なことを言ってますが、私はこの公案は、見たときに一瞬で解きました。くだらん話ですが、解いた時はこんなもんでいいのかな、と思ってたら、後になって、とある有名な作家が同じことを書いていたので、そんなのでいいのか、とかえって驚いたものです。こういうのは考えても解けないでしょう。
話を戻して、ほむらちゃんです。まどかは「いい名前だね」とか言ってたような気がしますが、ほむらというのは燃え盛る炎。有吉佐和子さんが「ほむら」という小説を書いていますが、これは婆子焼庵という公案を小説にしています。小屋を焼くからホムラです。婆子焼庵は隻手音声どころじゃないですよ、こんなの解いたら死ぬかもしれませんから知らない方がいいと思います。私は若い頃、毎年テーマを決めて1年間考えるという試練をやっていました。ある年に「婆子焼庵」をテーマにしました。1年かけても分かりませんでした。
仏に逢うては、仏を殺せ、言うての。
(p.158)
このセリフ、子連れ狼にも出てきます。仏教は殺生を禁じているはずですが、仏を殺してもいいんかい、みたいな。究極の選択のような条件になって、相手を殺さないと自分が死ぬ、あるいは友達が死ぬ、家族が死ぬ、というときに相手を殺せるか。相手を殺さないと間接的に他の人を殺すことになりますが。
もうちょっと書きたいことがあるので、明日に続きます。
武曲II
藤沢 周 著
文藝春秋
ISBN: 978-4163906621