Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

ケーキの切れない非行少年たち

昨年末は雑記が続いたので頑張って毎日本を紹介してみましたが、流石にキツくなってきました。ということでもう雑記でいいや、と油断させといて、今日の本は「ケーキの切れない非行少年たち」。

一時期バズっていた本だと思います。確かケーキの3等分問題が話題になっていたような記憶があります。個人的には単に切り方を知らないだけじゃないの、と思っていました。

ちなみに、この本とは関係ありませんが、3人でケーキを分ける時にどうすれば文句が出ないようにできるか、という問題がありますね。n人バージョンもあります。自力で思い付く人は、なかなかいないような気がします。

この本のテーマとしては、認知能力が低い場合に、いろんなことが理解できていない。その前提で対応しないと大変的外れなことになってしまう、という主張だと思います。

悪いことをした子がいたとして、反省させる前に、その子にそもそも何が悪かったのかを理解できる力があるのか、これからどうしたらいいのかを考える力があるのか、を確かめなければなりません。もしその力がないなら、反省させるよりも本人の認知力を向上させることの方が先なのです。
(p.57)

悪いと認識していない状態で社会に戻ってくると、また同じことをしてしまうでしょう。逆に、悪いと認識できれば過ちは繰り返さないというのです。ではどうすれば認識できるのか、というのが難問なのですね。

例えば、今これを読まれている皆さんは、この本のタイトルを見て、または目次を少し見てみて、「ちょっと読んでみたい」と思われたから、いまこうして読んでいるのではないでしょうか?
(p.65)

違います。

一つ猛烈に気になった話があります。

その少年は、自分をイジメてきた相手を殺害してしまったのですが、保護者は息子の非を認めず、被害者遺族に対する謝罪や悔やみの言葉も全くありませんでした。逆に被害者遺族に怒りをぶつけ「息子をイジメたから悪いんだ。昔から『やられたらやり返せ』と教えてきた」とすごんでいました。
(p.96)

著者はこれがおかしいと判断しているようだが、個人的にはこの保護者の考え方はそんなに間違っているとは思えません。もちろん殺人という罪には向き合い償う必要があるでしょう。しかし、そこまでしないとイジメが止まらなかったという事実はあったはずです。その責任がどこに行ったのか気になるわけです。という考え方はおかしいのでしょうか。

ちょっとモヤっとしたところで、今日の一言はこれで。

目標が立てられないと人は努力しなくなります。
(p.54)

ゴールが見えないとそこに向かうことはできません。


ケーキの切れない非行少年たち
宮口 幸治 著
新潮新書
ISBN: 978-4106108204