Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

もの食う人びと

今日は辺見庸さんの「もの食う人びと」を紹介します。

これは説明が難しい本です。ざっくりいえば、いろんな国に出かけてその土地のものを食べるという趣旨の本なのですが、内容はその土地の政治や文化にすぐに踏み込んでいて、実に興味深い。タイトル通り、メインは「人びと」なのです。

まず、「ピナトゥボの失われた味」に出てくる話から。

大噴火で平地に下りてきてからというもの、まだ十代のアエタの若者がフィリピン製のジンやサンミゲル(ビール)を飲みはじめている。ために、山では数少なかった家族喧嘩などのトラブルが続発しているという。
(p.37)

1991年にフィリピンのピナトゥボ山が大噴火しました。そこで焼き畑農業をして暮らしていたアエタ族は避難して山から下りてきて生活を始めました。アエタ族には酒を飲む習慣がなかったのですが、平地で酒を飲むようになり、その結果トラブルが発生、という流れの話です。

日本では酒を飲むと神様と近付くことができるそうですが、海外では酒が入ると家族でも喧嘩になるのでしょうか。ていうか日本も同じか。

次の話は「食とネオナチ」から。

食べるというのは、それぞれの民族が、祖先や文化の記憶を味になぞることでもあるから「食」にかかわる差別は深く心を傷つける、と私は思う。
(p.105)

ドイツに移住したトルコ人が食事が臭いといって差別される話です。トルコ料理はドイツでは異色のスパイシーな香りがするので、それを臭いといって叩くというのですが、臭いを使ったヘイトはどこの国でもありそうです。

次は「敗者の味」から。

政治家とは、全体の活動を通して良かったか悪かったか判断されるべきだとは思うのだよ。
(p.120)

この話をしているのはヤルゼルスキさん。ポーランドの初代大統領です。

このセリフはヤルゼルスキさんが出した戒厳令が世界的にはマイナス評価されていることに対しての弁明と思われますが、当時の状況で戒厳令を出していないと今のウクライナのようになっていた可能性もあるわけです。

政治家というものは、どんなにいいことを数多くしていても、一度の失敗で失脚することがあります。それで未来にやるはずだった数多くのいいことも失われるとしたら、もったいない話ですね。

次は、「菩提樹の香る村」から。どこの村かというと、

クロアチア共和国カルロバツ市から三キロほど離れた、トゥーラニ
(p.130)

Google Maps で確認してみたのですが、カーロヴァック (Karlovac)から南に向かって少し大きな道が伸びていて、そちらに進んでいくと Turanj という表記がありました。このあたりの話なのでしょう。

見渡してもハエはいない。この村には、そういえば、ハエがいない。ハチばかりだ。人がいないから食いものがない。ハエもわかない。
(p.134)

この村に人がいないのはユーゴスラビア連邦軍に攻撃されたからです。つまり戦争が原因です。人がいなくなるとハエがいなくなる、というのは恐るべき共存関係だと思います。

次もクロアチアの話で「様々な食卓」。

素晴らしい慈悲なのだけれど、どこか残酷だ。すぐ食べてもらってはいけないのか。
(p.145)

カトリックの無料給食所の話です。聖書の朗読があり、讃美歌を歌ってから食事がもらえます。飢えた人達は、空腹のまま、讃美歌が終わるのを待っているのです。

次はベオグラードでの話。「聖パンと拳銃と」。

儀式の終わりに皆が細かく切ったパンをおしいただいて食べた。私はもらえなかった。
(p.169)

聖パンというのは教会で信者だけが食べる特別なパンで、信者でないと食べてはいけません。聖書には、パンを「わたしの体である」と言って与えるシーンが出てきます。

次はアフリカで「モガディシオ灼熱日記」から。

九三年度分のソマリアの復興・人道援助は一億六千六百万ドル。これに伴う国連の軍事活動には十五億ドル以上かかるという。
(p.194)

日本の国内なら宅配すればモノが送付先に届きますが、ソマリアのように飢餓で内戦状態の地域に何か送っても届くわけがないので、結局、支援物資は持っていく必要があります。普通に持っていけば強奪されてしまうので、武装した護衛が必要になります。お金がかかります。

「軍には共産党時代の構造がまだ残っている。能力でなく党に忠実かどうかで将校を任免してきたのだ。知識人は軍を追われ、将兵の質が知識もモラルの面でも著しく低下したために、部隊はまるで刑務所か暴力組織のようになった」
(p.258)

これは「兵士はなぜ死んだのか」というウラジオストクの話。兵士が栄養失調で死ぬという噂を聞いて、著者が実際に見に行ったのです。権力者がやりたい放題の無法地帯のようになっているらしい。

次の話は「禁断の森」。チェルノブイリの話です。

持参の放射線測定器のスイッチを入れたら、数字が一気に十五を超えて、計量限度の一九・九九九マイクロシーベルトに跳ね上がり、オーバーフロー・マークが赤く点灯した。
(p.262)

危険すぎます。今年からチョルノービリと表記するようになったようですが、こんな怖い話が。

二年前にモスクワから学者が来て食品を調べてもらったら、この土地のものはなんでも食えると言った。だから野菜も果物も魚も食べているが、現在ほとんどの住人の甲状腺が腫れたり熱をもったり、どうもおかしい。
(p.274)

教育の重要さが分かります。


もの食う人びと
辺見 庸 著
角川文庫
ISBN: 978-4043417018