Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

日本語という外国語

今日は先日ちらっと紹介した「日本語という外国語」。

著者の荒川洋平さんは、次のような経歴の持ち主。

僕は、二十年以上、外国人に日本語を教えてきました。
(p.3)

日本語は世界中の言語の中でも最高難易度といわれていますが、最近は日本語を学ぶ外国人の数が増えているということで、

しかし最新の統計によれば、二〇〇六年(平成一八年)には二百九十八万人以上と、実に二十七年間で二十三倍以上になっています。
(p.12)

この本が2009年に発行されているので情報が少し古いです。2018年の調査では、3,851,774人という数字が公表されています。2006年に比べて約3割の増加です。皆さん結構頑張りますね。

日本語の難易度が高いといわれている理由の一つとして、日常会話に必要な語数が多いことを挙げています。

かなり古い資料ですが、岩淵悦太郎という国語学者は、一九七〇年(昭和四十五年)に、日本語の日常会話を理解するためには二万二千語を覚えなければならない、と発表しました。
(p.18)

ちなみにフランス語は5千語で何とかなるそうです。

もう一つの話をややこしくする特徴が、

日本語は三つの表記システムを混ぜて表記を行う、世界でただ一つの言語です。
(p.30)

ひらがな、カタカナ、漢字の3種類を駆使しないと文章が書けません。実際はこれにアルファベットや絵文字(笑)が加わるのですが、万葉の時代は漢字だけで何とかなったみたいですね。英語のアルファベットは26種類、大文字と小文字を別カウントにしても 52種類です。トランプの枚数程度で済みます。もっとも、日本語の「かな」は母音5種類に子音を対応させるという綺麗な構造をしているので、数の割には音が覚えやすいはずです。とはいっても、母音と子音の法則と表記がうまく対応していないので、読み書きは大変ですが。

さて、唐突ですが、先日(13日)に紹介したクイズ。

「私はスミスです」と「私がスミスです」は、何が違うのでしょうか。
(p.118)

答は、この文を「N1は(が)N2です」のような構造と考えたときに、次のような違いがあります。

「私はスミスです」ではN2が新情報であり、「私がスミスです」はN1が新情報である。
(p.122)

つまり「私はスミスです」は、私は誰かという状況に対して出てくる表現であって、「私がスミスです」は誰がスミスなのか、という状況の後に出てくる表現だということになります。ということは、両方とも新情報の場合はどちらでもまあ悪くないということになり、注目させたいのがN1かN2かによって使い分けるのがよさそうです。

今日はとりあえずここで一旦置きます。その前に今日の一言。

クロスワードパズルでも夏休みの工作でも、私たちは「あと少しでわかる、できる」と思うとき、もっとも集中するものです。
(p.148)

あと少して終わると分かっているとやる気は持続しますが、先が見えないと挫折しがちです。

(つづく)


日本語という外国語
講談社現代新書
荒川 洋平 著
ISBN: 978-4062880138