どこまで行ったっけ、という感じの「贅沢貧乏」ですが、今日は収録作「文壇紳士たちと魔利」から紹介します。
この短編は、
34.1度の部屋の中で
(p.211)
という出だしから始まりますが、今だとこの気温はそれほど暑いって感じではなさそう。当時はエアコンはなかったようですが。
この小説では魔利は自分のことを「なめくじ小説家」と自称します。そのココロは?
なめくじが、どこへ行くのかもわからずにただ匍っているのとよく似た書き方ではあっても、そこからせめて年に一度は、一つの小説が生み出せると信じて、そのなめくじ小説を生み出すべく、日々、夜々、書き出しを探りあてようとしている
(p.211)
ということのようです。
この話には、小説家がたくさん出てきます。大谷藤子、室生犀星、萩原葉子、瀬戸内晴美、川端康成、渋沢竜彦、吉行淳之介、深沢七郎、三島由紀夫、北杜夫、など(敬称略)。
吉行淳之介の家で素麺を食べたときの話はワイルドです。たまたま歯が抜けているのを忘れて豪快に口に入れたら、
噛むことも吞むことも出来なくなった。進退極まった魔利は分け皿を取る手も遅しと吐き出した。丁度前に、銀鮫鱒次郎のような吉行淳之介が、涼しそうに前髪を垂らして辛子なんかを溶かしている眼の前である。手巾で蔽いはしたが、口一杯に大量の素麺が溢れ出たところは希臘(ギリシャ)のバッサンにある、大きな口から泉水を吐き出す半獣神のお面そっくりだったのは誰の眼にもわかったのだ。
(p.221)
何がしたいのかイマイチ不明ですが、三島由紀夫は紳士なので慌てないのでありますが、これフィクションじゃなくて実話なんですよね?
三島邸での北杜夫との会話も謎です。
魔利がふと、どこかの雑誌で読んだことを想い出して、「夜中にラアメンを召上がるのですか?」と言うと、向い合った椅子にいた彼は「ラアメンは美味しいですよ」と、言ったが、その短い言葉の間に彼の顔は急激に魔利に近づき、忽ち彼の顔は魔利がコンパクトに映した自分の顔位の近さだと、錯覚した位のところまで来た。
(p.233)
そう、夜中に食べるラアメンはとても美味しいのです。体に悪いという人もいますが、体に悪いものはオイシイのです。
岡本太郎の家に行ったときの話も何が何だか分からないものです。家でオブジェを見たときに
はるか昔、巴里の藤田嗣治の家に行った時、フジタから、同じような感じを受けとった
(p.236)
芸術家の匂いがする、ってことなのでしょうか。小説家と芸術家はまた違った空気を漂わせているようです。この家から出るときに玄関に行くと、同じ靴が2列に十二、三足並んでいます。
魔利が「これはみんな貴君の靴ですか?」と訊くと、彼は「うん、今に百足になったら履こうと思うんだ」
(p.236)
魔利もたいがいおかしいのですが、上には上がいるのです。
最後に1つ、名言を紹介します。
まっかな嘘の悪口なんか、みみずのなき声だと思えばいいのである。
(p.215)
贅沢貧乏
森 茉莉 著
講談社文芸文庫
ISBN: 978-4061961845