Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

ロード・ジム(下)

今日は「ロード・ジム」の下巻。ロード・ジムという表現も出てくる。

『みんなは、トアン・ジムと呼んでおりますよ』と、コルネリウスは軽蔑を顔に表して言った。『さしずめ、ロード・ジムといったところですな』
(p.213)

コルネリウスと話をしているのはブラウンという悪漢。海賊である。

辛辣かつ軽蔑的な無鉄砲さで、己の身を一時の気まぐれに賭けることすらも辞さないこの男だが、監獄にぶちこまれることだけは死ぬほど恐れていた。
(p.195)

よって、捕まりそうになったら必死で逃げまくるのである。当時は今のように監視カメラもGPSもないから、逃げ回られたらすぐにどこにいるか分からなくなってしまうのだ。

ジムは一体何をしているかというと、パトサンというスマトラ島の架空の場所で権力を持つに至る。ヨーロッパから見れば地球の裏側のような所で、ジムの過去を知る者もいない。やっと逃げ回ることから逃れたジムだが、先述のブラウンと戦うことになり、それが原因で、巻末の解説によれば、

己の純粋さがもとで結果的にはその信頼を裏切ることになった原住民の首長の手に生命を投げ出し、ほとんど自殺に近い死を遂げる
(p.290)

というバッドエンドになるわけだが、それでもこれをバッドエンドと見るかハッピーエンドだと解釈するかは読者の自由だ。純粋さといえば聞こえはいいが、考え方によっては子供っぽさというか、未熟な精神に過ぎないようにも見える。ただ、ジムはかつてのように怯えていたわけではない。ジムとマーロウ(この話の語り手)のところにコーヒーが運ばれてくるシーンがある。

『あなたは飲む必要はありませんよ』非常に早口でジムが呟いた。最初、おれにはその意味が分かりかねたので、ただ坐って彼の顔を窺っていた。
(p.45)

ジムはマーロウに、コーヒーに毒が入っているかもしれないと示唆したのだ。しかしジムはそれを平然と飲む。

ぼくが彼のコーヒーを怖れないからこそ、彼はぼくを怖れている
(p.46)

結局、ジムの人生は嵐と戦って裁判で戦った後もずっと戦い続けていたのだ。戦いの最後に来るものは何であるか決まっている。それが不幸なのかと考えると、やはりよく分からない。本人が何を考えているかよく分からないだけに、ますます分からない話なのだ。

 

ロード・ジム(下)
ジョゼフ・コンラッド
鈴木 建三 翻訳
講談社文芸文庫
ISBN: 978-4061982307