Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

クリティカル・シンキング入門

残念ながら、手に取ってみて、これアカンやつや、と思いました。

もし、あなたがクリティカル・シンキングに関して知りたいと思っているのなら、読まない方がいいです。多くの大学入試の現代文の参考書と同様、この本は、おそらくクリティカル・シンキングの能力がかなりないと読めないような文章で書かれています。つまり、その能力を持っていないと正しく理解することができないでしょう。

もっとも、幸いなことに、本当にクリティカル・シンキングの能力がない人がこの本を手にしたら、最初の数ページを読んだ時点で「ごめんなさい」と言って、他の本に手を伸ばすと思います。だから全部読んで時間を無駄にするような悲劇は起こらないでしょう。ただ、Amazon のレビューを見ると和訳がダメという意見があるようですが、私は原著を読んでないのでそこはよく分かりません。

もう一つ重大な問題点があります。例えば、p.28の例3は次の文章を解釈しています。

鉄道を旅行者にとってもっと快適なものにする必要がある。道路にはたくさんの車があふれており、環境と人間の安全に対する脅威となっている。鉄道旅行は値下げすべきだ。誰しも道路の混雑の緩和を願っているが、自分で車を運転して旅行できる便宜も望んでいる。何か新しく人をひきつけるものがなければ、車を捨てて鉄道を選びはしないだろう。
(p.28)

この例3に対して、この議論の結論は何か、というのが問題です。これ自体が酷い文なので解釈しようもない、という結論でも充分ロジカルだと思うのですが、本文では、

この例文については、次のように書き直せば、大半の人には意味が通ると同意するだろう。
鉄道を旅行者にとってもっと快適なものにする必要がある。
道路にはたくさんの車があふれており、環境と人間の安全に対する脅威となっている。[そして]誰しも道路の混雑の緩和を願っているが、自分で車を運転して旅行できる便宜も望んでいる。何か新しい奨励策がなければ、車を捨てて鉄道を選びはしないだろう。したがって、鉄道を旅行者にとってもっと魅力的なものにする必要がある。したがって、鉄道旅行は値下げすべきだ。
(p.33)

というのですが、あなたは同意しますか?

私は同意する気がしません。なぜなら、次のように脳内補正して読んでしまったからです。

『鉄道を旅行者にとってもっと快適なものにする必要がある。なぜならば、鉄道旅行に抵抗があるために、道路にはたくさんの車があふれており、環境と人間の安全に対する脅威となっているからだ。そのために、一つの案としては、例えば鉄道旅行は値下げすべきだ。誰しも道路の混雑の緩和を願っているが、自分で車を運転して旅行できる便宜も望んでいる【意味不明】。他の案としては、鉄道自体に付加価値を与えて魅力を増すというのはどうか。何か新しく人をひきつけるものがなければ、車を捨てて鉄道を選びはしないだろう。』

その読み方はクリティカルではないだろう、というのは理解していますが、そもそも元の文章がクリティカルじゃないのですから、クリティカルに解釈しなくても構わないはずです。この解釈だと、「鉄道を旅行者にとってもっと快適なものにする必要がある。」という最初の問題提起そのものが結論であり、その後に書かれていることは、それを実現するための数多くの対策の中の一例に過ぎない、単なる補足的な説明ということになります。

まだ紹介していない本ですが、「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に次のような説明があります。

東アジア人は、論理よりも結論の典型性やもっともらしさを優先する傾向がある。
(木を見る西洋人 森を見る東洋人、思考の違いはいかにして生まれるか、リチャード・E・ニスベット 著、村本 由紀子 翻訳、ダイヤモンド社、p.191)

例3を日本人が読んで解釈するときに、結論の典型性ということで最初に出てきた「鉄道を旅行者にとってもっと快適なものにする必要がある。」は、日本人であればこれを結論とみなして違和感がなく、欧米人の場合はこれを結論とすることに抵抗があるのではないか、と想像します。最初の文章が曖昧な内容であればあるほど、それに対する合理的な解釈は増えます。そのような時の考え方を単純なロジックで解釈するのは無理なのです。

とはいっても、クリティカルシンキングでは解釈不能な曖昧な文章を無理やりクリティカルに曲解して、無理ゲーを何とかクリアするスキルが欲しいというのであれば、クリティカル化するためにはどういう手があるか、という知識を得るという点において、この本に出てくるいろんな手法は役に立つかもしれません。


クリティカル・シンキング入門
アレク フィッシャー 著
Alec Fisher 原著
岩崎 豪人 翻訳
浜岡 剛 翻訳
山田 健二 翻訳
品川 哲彦 翻訳
伊藤 均 翻訳
カニシヤ出版
ISBN: 978-4888489720