Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

音楽のなかの言葉

今日の本は「音楽のなかの言葉」。音楽がどのように表現するかを、楽譜を交えて理論的に解説していく本。

「どのように表現」といっても具体的に何をという話にはならない。音楽の表現する対象は音で、文字ではないからだ。登場する巨匠たちは、モーツァルトベートーヴェンシューベルトシューマン、リストなど。多くの箇所で楽譜を使って読み解き方を紹介していて、特にシューベルトの解説は楽譜が大量に出てくるので、楽譜が読めて、曲も既知であることが望ましい。

はっきりと秩序を破るためには秩序の枠を設定する必要がある。
(p.34)

音楽の基本は「解決」。不協和音でアレっと思わせておいてから協和音に移って納得させるのがパターンになっている、不和から話に遷移することでリスナーは安心感を得るのだ。この遷移には暗黙の、あるいは和声学的なルールがあって、聴衆はその秩序を期待しながら聴いているから、想定していない変化が現れたときに、聴衆は「あれっ?」と疑問を持つことがある。

クラシック音楽は、つねにシリアスであるべきか」では、意表を突いた音の展開は許すべきかという話である。もちろん巨匠の作る音楽は、意表を突いたギャグであっても最後は予定調和的に終わるのだが、そうでないような音楽も不可能ではないわけだ。

今のヒット曲の作曲家も、同じ人が作ると似たようなフレーズが出てくるが、それは個性という意味では当たり前のことではあるが、

大作曲家たちがいくつかの作品をほぼ並行して手がける場合、どのように書いているのだろう。
(p.134)

その答はざっくり言えばネタを使いまわしている、というのだが、その証拠をいちいち楽譜で示してくれているから面白い。

ちょっと違和感があったのは、コンサートで聴いた音楽の方がレコードよりも印象的な理由。

聞き手としての私の経験を信じるなら、なぜ感動的なコンサートの方がレコードよりも強い記憶を残すのだろうか。演奏者と同じように、聴き手も肉体的な体験を持つからである。演奏を聴くだけでなくそのなかで呼吸し、自分自身が参加し、ほかの多くの人々と熱狂を分かち合ったからである。
(p.272)

個人的には、コンサートは殆ど行ってないので真髄を知らないだけなのかもしれないが、コンサートと録音された音楽を比較すると、スタジオ録音の方が印象に残っているような気がする。細かいバランスのような所がレコーディングだと何度もやり直して精度が高いからではないかと思っている。逆にいえば、ライブは何が起こるか分からない、即興的に変化する音の面白さはライブの醍醐味なのだ。


音楽のなかの言葉
ルフレート ブレンデル
Alfred Brendel 原著
木村 博江 翻訳
音楽之友社
ISBN: 978-4276203631