Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

白と黒のとびら: オートマトンと形式言語をめぐる冒険

今日紹介するのはファンタジー。「白と黒のとびら: オートマトン形式言語をめぐる冒険」です。知らない人にはなんやソレというタイトルですが、知っている人は多分知っている。情報科学の分野です。

先にどういうネタが入っているかを紹介しておくと、

・正則言語と有限オートマトン
・有限オートマトンの決定性・非決定性と正則表現
・有限オートマトンと実際の機械
・文脈自由言語とプッシュダウンオートマトン
・正則言語と文脈自由言語に対する反復補題
・文脈自由文法とプッシュダウンオートマトンの透過性
・文脈自由言語の統語解析
・文脈依存言語と線形拘束オートマトンチューリングマシン
万能チューリングマシン
・対角線言語と決定不能

こんな感じ。私はこのあたり全部知っているので、コレはアレだなという感じで読めるのですが、知らない人でも読めるのだろうかと思って読んでもらったら、案外読めるみたいです。

主人公はガレット・ロンヌイ。魔法使いの弟子です。師匠の魔法使いの名前はアルドゥイン。何でも知っていて何でもできる感じのキャラです。第9章の「不毛な論争」で、校長がアルドゥインに「君の結論は正しいと分かっている」と言うのですが、

「校長、そのような判断は非常に危うい。私だって間違うことがあるし、愚か者と思われている人間であっても、正しいことを言うことがある」
(p.160)

確かに、正しいことは嘘つきが言っても正しいし、間違っていることは教授が言ったって間違いですね。しかし、日常生活では、嘘つきが言えば嘘に聞えるし、大学教授がテレビで何か言ったら正しいような気がするから不思議ですよね。お師匠様は、とことんロジカルな性格のようです。ただしこれが結構スパルタです。

部分点だと? 甘えるな。するべきことを全部していないのは、何もできていないのと同じだ。
(p.43)

全部していない、なんて表現は部分否定か全否定か分からないからよくないですけどね。

ガレットは、いろいろ仕事をやらされますが、第6章の「祝祭」では、「あべこべ祭り」というお祭りにミハという女の子を連れて行く、という仕事を命じられます。このお祭りには、普段の自分と正反対の恰好をするルールがあります。てなわけで、ミハは猫のコスプレで出てきます。

「あのね、ミハは犬が大好きなの。だから犬の恰好をしようと思ったの。でも、犬の反対は猫でしょ。だから、猫なの」
「ああ、そう」
(p.95)

ふーん、そうかにゃ、という感じですがいまいちわかりません。ガレットは下っ端なので偉い魔法使いのコスプレで出かけます。ワナみたいなのにハマってしまいますが、何とか切り抜けます

この物語の魔法ですが、どういう原理で発動できるのか謎なのですが、次のような設定があるようです。

魔法を使うというのは魔術師の仕事のほんの一部でしかない。魔術師は、知力、体力をはじめ、あらゆる能力を鍛え、役立てるものだ。
(p.121)

ま、プログラマーと同じですね。魔法を使うのに必要な能力というのも、

「お前はよく分かってないようだが、魔法を使うためだけに必要な特殊な能力というものは存在しない。しいて言うなら、体力、精神力、生命力など、人間が持つ力全体がそれにあたる。したがって、個人差はあれど、誰でも潜在的には魔法を使うことができる」
(p.139)

人間だって、信じれば空も飛べるはず。魔法そのものに関しては、次のような設定が。

魔法というのはある意味、世界の中に隠された『パターン』や『構造』を見いだし、それを精神的に操作することであると言える。古代ルル語や古代クフ語は、そのための鍵の一つだ。よって、それらの言語をよく知らなくてはならない。
(p.139)

デザインパターンとか出てきそうですが、この話はオートマトンのネタなので、まさにパターンマッチングの話と解釈すべきのようです。

第12章「解読」では暗号解読に挑みますが、こういうのが得意なユフィンさんにコツを聞くと、

まずその一、『短い文から手をつけよ』。その二、『ほんの一部でも正しい訳を見付けよ』。その三『一部でも解読できれば、残りは手元に飛び込んでくる』。
(p.209)

解読の鉄則だそうです。残りが飛び込んでくるかどうかは運ですね。

最後はガレットは後継者になるための試練に挑みます。この難問をクリアしたガレットに師匠が言う言葉がいいですね。

何もかも自分でやらなければ、自分でやったことにならない、とでも思っているのか? そういうのはな、子供の発想だ。大人はそうは考えない。どんな人間にも、力の及ばない面はある。やり遂げなくてはならない仕事が大きなものであればあるほど、一人の力ではどうしようもなくなるものだ。そのようなときは、自分に何が必要で、何が足りないかを冷静に考え、頼るべき人に適切な仕方で頼るのだ。
(p.299)

大規模プロジェクトは一人でやろうとしてもどうにもなりませんからね。


白と黒のとびら: オートマトン形式言語をめぐる冒険
川添愛 著
東京大学出版会
ISBN: 978-4130633574