Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

雑記

暑い8月が終わって9月になりました。8月中に片付けないといけないことが山ほどあったのでとりあえず全部形式的に片付けたのですが、実質的に片付いていないのでこれから後片付け【謎】の作業がわんさか来る悪魔の予定になっています。

とにかく書類は期限内に出せというのは税務署で教えてもらったノウハウで、期限内に出しておかないといろんなペナルティが加算されたり優遇措置が使えなくなるので、とりあえず期限内に出して受付印を押してもらっておけば、間違っている所は後で修正すればok、という技です。もっとも、それより前にもっとスゴい技を教わっているのですが、それは危険すぎるのでまたの機会に。

今日少し読んだのは三島由紀夫さんの「小説家の休暇」。

叡智と官能の渾然たる境地にあって、音楽をたのしむ人は、私にはうらやましく思われる。音楽会に行っても、私はほとんど音楽を享楽することができない。意味内容のないことの不安に耐えられないのだ。
(p.14)

これは意外というかやはりというか、三島さんらしい一面ではないかと思いますが、これは三島さんが勘違いをしているのではないかと思います。音楽には意味内容があるからです。

ただし、音楽の意味内容は文字で表現されていません。音だけの表現内容です。三島さんのいう意味内容というのは文字に置き換えられた情報のことではないでしょうか。文字情報にできない意味も内容もいくらでもあるのです。音楽の場合、分かりやすいのは明るいとか暗い、穏やかとか忙しいとか、そのような印象的な内容です。雅楽を聴けば和風な印象を受けるのは、それが和風の意味を持っていることをどこかで学習したからです。では、それをどこで学習したのか、という問題が出てきます。三島さんはソレを学習し損ねたのかもしれません。

小説家の休暇
三島 由紀夫 (著)
新潮文庫
ISBN: 978-4101050300