Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

ひとりで歩く女

読書中と先日紹介していた「ひとりで歩く女」です。本格派ミステリです。

客船の中での殺人事件というのはスリリングで、蛇が出てくるというのはチラっと紹介しました。金銭目当ての殺人というのはありふれているかもしれませんが、それだけにリアルなのです。

この世には貧乏というものがあるのよ
(p.30)

5円のお金がない家だってありますからね。金はいくらあっても困らない、というのは風木に出てきたのでしたっけ。この本、読めば読むほど全員が金目当てで殺人しそうに見えてくるのがヤバいですね。

金で買えるのは、健康で、快適で、不安のない暮らしや、物質的な豊かさだけではない。その人間が置かれている状況によっては、いわゆる名誉や自由や心の安らぎも買えるんだ。
(p.243)

金で買えないものはたくさんあるのですが、金で買えるものも案外たくさんあるようですね。

ちょっと不思議に思ったのは、銀行員のトニーがインフレの説明をするシーンです。

労働者の給料は、資本家には経費なんだからね。経費が増えたら、利益は必ず減る。利益が減ったら今度は給料が出なくなる。経済からいえば、ぼくたちは逆説の世界に住んでるんだ。
(p.96)

インフレになったら給料も上がるとは限らないよ、という話なのですが、確かにそれはそうなのですが、物価だけ上がって給料が下がったら社会が破綻しそうな気もします。

さて、この小説、主人公がタイプライターで細かい報告を書いていて、それが謎解きにも大きく影響しているのですが、書いてある内容が全て正しいとは限らないとウリサール警部が指摘するシーン。

どちらとも解釈できるね。嘘の証言をするためにわざと省いたか、無意識のうちに書く内容を取捨選択したか、そのどちらかだろう。
(p.128)

文書に嘘が少しでもあれば信用しないというリンドストロームに対して、ウリサールは嘘が混じっている方が多くのことを伝えると主張するのが面白い。取捨選択というのは、そこにヒントがあるわけです。書かなかったところは書くと都合が悪い内容なのです。マスコミの報道は、報じていないところに注目すると面白い。

最後に一言、いいねと思った言葉を紹介して終わります。

どんなに威勢がよくても、退却は逃げにすぎない。
(p.235)


ひとりで歩く女
ヘレン マクロイ 著
Helen McCloy 原著
宮脇 孝雄 翻訳
創元推理文庫
ISBN: 978-4488168032