Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

若人よ蘇れ・黒蜥蜴 他一篇 (2)

今日は昨日と同じ本から「黒蜥蜴」を紹介します。原作は江戸川乱歩さん、明智探偵が活躍する推理小説ですが、三島由紀夫さんがこれを戯曲にアレンジしました。Wikipedia によれば江戸川乱歩先生もとても気に入っていたようですね。

テーマはなかなか奥が深いようです。緑川夫人、実は黒蜥蜴のこのセリフ。

ダイヤでもサファイヤでも、宝石の中をのぞいてごらんなさい。奥底まで透明で、心なんか持ってやしないわ。ダイヤがいつまでも輝いていていつまでも若いのはそのせいよ。(p.146)

心を否定しています。つまり人間否定です。実際、人間なんて信用できない。そういったシーンがたくさん出てきます。裏切りは人間のお家芸ですからね。解説は次のようにこの作品を評しています。

この戯曲は、小説もそうなのだが、本物と贋物がとが入り混じる話である。
(p.396)

本物と思えば贋物、というのが混じりすぎると贋物と本物の境界線がだんだん分からなくなる。誘拐されるお嬢様の贋物役となる早苗と、黒蜥蜴の忠実な下僕のような振りをして最後に裏切る雨宮の掛け合いが、

雨宮 …僕たちは贋物の恋人だ。君は贋物の早苗。
早苗 あなたは贋物の奴隷ね。
雨宮 僕たちは贋物の愛で結ばれて、贋物の情死をする。
(p.259)

ここまで来ると本物の恋人と一体何が違うのか全く分からない。贋物の贋物が本物になるわけではありませんが、この戯曲では明智小五郎も探偵なのか悪党なのか分からない立ち位置のような気がしてきます。だって、明智は事件を楽しんでいます。

もし最終的な解決があったら、そのとき僕の生甲斐の風船も、たちまち空気が抜けてしぼんでしまいそうな気がする。
(p.214)

昨日は「若人よ蘇れ」で、戦争が終わってうろたえているようだと書きましたが、犯罪が解決するのを恐れている探偵に見えるのは、同じテーマに切り込んでいるからでしょうか。黒蜥蜴も明智(実は身代わり)を殺しながら、それを残念がっています。戦った後の結果よりも戦うことそのものが重要だというのは、現実のようでありながら非現実的な夢物語のような気がします。

 

若人よ蘇れ・黒蜥蜴 他一篇
三島 由紀夫 著
岩波文庫
ISBN: 978-4003121924