Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

みんな彗星を見ていた

何度か紹介していましたが、今日は星野博美さんの「みんな彗星を見ていた」。キリシタンリュートの話です。彗星が何故出てくるかというと、不吉の象徴ということのようですが、巻末の解説のところにはユングの話もチラっと出てきます。

前半によく出てくるのは、ドン・ロドリゴです。

一六〇九年九月三〇日、外房の岩和田で、マニラからアカプルコを目指して航行中のスペイン船サン・フランシスコ号が難破した。乗っていた人物はフィリピン臨時総督のドン・ロドリゴ・デ・ビベロ、通称ドン・ロドリゴである。乗船者のうち五六名は溺死したが、三一七名は岩和田の民に救助された。
(p.129)

岩和田というのは千葉県の太平洋側、ちょうど膨らんだあたりで、いかにも難破した船が漂着しそうなところですが、海流に乗り損ねるとここに至るようです。当時の船で太平洋を横断するのは命がけでした。ちなみに、このあたりにはエビアミーゴというゆるキャラがいるそうですが、ググるまでイメージがさっぱりわきませんでした。

一度地獄を見た者だけが、陸の者にはけっして手にできない何かを手にすることができる。
(p.169)

大航海というのはハイリスクハイリターンの象徴みたいなものです。しかもポルトガルとスペインで覇権争いをしている時代、キリスト教も宗派でゴタゴタやっていて、とにかく揉めているところに、日本に来たら結局弾圧されるし、もう踏んだり蹴ったりなのです。

ところで、船ということで一つ興味深い話があって、

沖で漁をしている時、海がまるで鏡のような静けさになることがある。そんな時は、どれだけ魚の大群に出会っていようと、即座に漁を中止し、一目散に逃げるのだという。
(p.165)

嵐の前の静けさという言葉がありますね、これは実際にそうなのだという話です。漁師さんには常識なのかもしれません。「八甲田山死の彷徨」にも、吹雪が来そうになったらとにかく一目散に逃げるというシーンがあったと思います。

さて、この本でもう一つのテーマになっているリュートについて。リュート古楽器の一種です。日本には琵琶という楽器がありますが、形はあれに似ています。しかし、琵琶法師の何となく哀れを伝えるような印象に対し、この本に出てくるリュートは、とにかくユルいです。このリュート絡みで出てくるのが、ルソーの絵。

月夜の晩、砂漠に女が横たわり、その傍らに楕円形の弦楽器が置いてある。その女の匂いを嗅ぐように忍び足で近づくオスのライオン。アンリ・ルソーの「眠れるジプシー女」だ。
(p.198)

リュートを聴くと眠くなるといいますから、超絶脱力系なのです。ルソーのこの絵、その後にライオンは寝てしまったのではないかと筆者は推測しています。ただし、ルソーはこの絵をマンドリンのつもりで描いたらしいのですが、絵に出てくる楽器は、

マンドリンとウードのあいのこ
(p.199)

というのが実情のようです。ウードというのも古楽器ですね。

なぜか星野さんがこのリュートという楽器を、注文して作ってもらってまで弾こうとするわけですが、なかなか上達しなかったようです。

しかし楽器というのは、触れば即上達するものではない。楽器を奏でるのは、自転車の運転と似ている。それができる人にはいとも簡単で、どうして操れるのかを説明するのも難しいだろうが、できない人間には難しい。
(p.205)

楽器は理屈ではなく体で覚えてしまわないと使えません。脳で考えながらでは音楽として演奏できないのです。そこに悟りの境地のようなものがあって、説明を難しくしてしまうのでしょう。ある意味宗教に似ていますね。

リュートの制作は山下さんという楽器職人に依頼したのですが、

山下さんには不満がある。リュートに限らず、現代の演奏家は楽器の調弦や調律に一にも二にもこだわり、チューニング・メーターなどを使って正しい音に合わせる。しかしそれはある部分ではナンセンスではないか、というのだ。
(p.071)

個人的に、音楽というのは音程がピッタリの方がいい、というものではないと思っています。少しずれていた方がいいという場合もあるかもしれない、いや、絶対にあると思うのです。不協和音がないと協和音の快感が半減してしまうように、ずれている所からピッタリに遷移していく方向の快感もあるはずです。

そもそも平均律純正律という差だってあります。カラオケバトルのような採点システムではどんな基準で点数を付けているのでしょうか。もし音程が正確なほど高得点になるのであれば、それはちょっと違うのではないかと言いたいところです。

ルソーの絵にちょっと戻りますけど、こんな言葉も出てきます。

音楽を知りたければ当時の絵画を見ろ、絵画を知りたければ宗教を知れ、この三つは決して切り離せない。
(pp.112-113)

これは西洋音楽史の金澤教授の話です。背景知識がないと解釈できないというのは当然のことかもしれませんが、音楽と絵画と宗教、この3つが密接に関係しているというのは、西洋では特に重要なポイントなのでしょう。日本の場合、音楽というのがちょっとピンと来ないかもしれませんが。

(つづく)


みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記
文春文庫
星野 博美 著
ISBN: 978-4167911638