物凄く間が開いてしまったが、「独学の技法」の評が完結していなかったので、再開する。
前回は4月13日、アンダーラインを引いて後で転記する、という話の途中で終わってしまった。どの程度の量にすべきとか、転記したときに何を書くか、といった細かい話が出ているが、ちなみに私の場合はこのブログのように、印象に残ったところを1行から数行の範囲でメモにしておいて、ちょっとした感想を書くようなスタイルだ。
タグを付けておくというアイデアは面白い。タグ付けによって分類すると、同一テーマに関するドキュメントがまとまる。この効果は分かりやすいが、
タグ付けにより、思いがけない「組み合わせ」を生み出す
(p.216)
この視点は注目したい。タグを付けて分類したものだけを見たときに、新たな特徴が見えてくる可能性はある。タグを付けるときは文章からタグの方向で考えているから、タグから文章という逆方向には別の意味が発生するかもしれない。
ということで、アンダーラインの話はここまで。最終章の第5章は、「なぜ教養が「知の武器」になるのか?」について書かれている。特に、歴史、経済学、哲学、経営学、心理学、音楽、脳科学、文学、詩、宗教、自然科学の11ジャンルに対しては、何の役に立つかを説明してくれている。
その前に、リベラルアーツを学ぶ意味として指摘されている点を列挙してみる。
イノベーションを起こす武器となる
(p.228)
キャリアを守る武器になる
(p.232)
コミュニケーションの武器となる
(p.235)
領域横断の武器となる
(p.238)
世界を変える武器になる
(p.241)
世界を変えるというのはスケールがデカすぎるかもしれないが、結局のところ、マルチ人間が望まれるか、専門分野に特化したエキスパートを他の人が仲介するようなモデルがいいのか、意見が分かれるかもしれない。ただ、上に立つ人ほどマルチな能力が要求されることは間違いない。
3番目の「コミュニケーションの武器」というのは、話のネタになるということで、分かりやすいと思う。ネタがネタとして成立するためには通じなければならない。そのためには相手が知っているであろうことを自分も知らなければいけないのである。
ビジネスが想定する社会をクラス分けしたとき、個々は独立した存在ではなく、ネットワーク的に絡み合うことで全体が成立する。その全体を把握するためには、専門的な知識だけでは無理で、専門外の分野の知識を持つことで初めて対応できる仕組みになっているのだ。
(続く)
知的戦闘力を高める 独学の技法
山口 周 著
ダイヤモンド社
ISBN: 978-4478103395