Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

デザインの作法: 本は明るいおもちゃである

基本的には本のデザインに関する本。しかし、そこに限定されず、デザインに関する様々な話題がエッセイ風に出てくる。私は普段はプログラミングの人間だが、プログラミングというのは案外デザインと関連があったりするので興味深く読めたが、それはそうとして、この本に出てくる話題はデザインと一見無関係のようなものまで結構あって、そういうところもまた面白い。

炎上の内実は、ごく少数が繰り返し投稿するので大騒ぎが起きているように感じられてしまう
(p.023)

「ネット炎上の研究」という本から引いたようだが、確かにそれはある。知恵袋でも工作員と呼ばれる人が1人で何百も投稿して、大勢いるように見せかけるのが定番の手法だ。

本の話ということで、こんな話題も。

ぼくはすかさず文中の「……は気に入った」を「……を気に入った」に変更したほうがよいのでは、と提案した。そこで著者の藤本さんから返信がきた、「は」に傍点をつけてくれ、と。ここでぼくははじめてこの文章の真意に気付いた。
(p.070)

ビートルズの Get Back Session の話。ジョンとポールが「For You Blue」は気に入った、と言ったらしい。これは、他は気に入らないという意味なのだが、そこが「~は」というだけでは明確に伝わらないので傍点を付けようというのである。傍点の力はハンパないのである。

次に紹介する話もデザインではあるが、ユーザビリティ的な側面もある。

もうひとつ、『教養としての認知科学』(鈴木宏昭)に、窓の例が載っていた。その窓には、丸いボタンがついている。ヒトの自然な行動としてこのボタンを押す。でも窓は開かない。今度はボタンを回す。でもだめ。ボタンという形状は押すか回すというのが、通常のヒトの行動の思考方法だ。
 ところが、実際は引くと窓が開くしくみになっている。
(p.085)

ボタンがあれば押したくなる、というのは人間の本能で、星新一さんの作品に、これをネタにしたショートショートがある。この窓に関しては、筆者は開けられては困る理由があるのでは、と想像していた。子供のいたずら防止用にわざと工夫したボタンは確かにある。よくあるのは、ボタンやレバーを2つ同時に操作しないと開かないようなロックだ。

こんなのデザインとは関係ない話題のような気もするけど、

作家の寺山修司さんが、同じことを一〇年続ければ有名になれる、というようなことを昔語っていたことがある。
(p.088)

いつか聴いた曲、というブログはもう少しで10年になるけど有名になる感じが微塵もない。そういえば一時期、Google で検索したらトップに出ていたのだが、最近は1ページ目にも出てこなくなった。正しいポジションに戻ったのだろう。

もう一つ特に書いておきたいのが、漢字について、新字と正字はニュアンスが違うゆえに意味も違うよね、というような話。

新字と正字の比較ではないが、「あふれるおもい」を「■れる思い(思い)」(旧規格字体)と綴るか「溢れる思い(想い)」(正字)と綴るかでは、情感の伝わり方が違うように感じる。
(p.119)

■のところには「溢」のJIS旧字体を入れたいのだが、見つからない。UTF-8 にこの字は無かったっけ?

ともあれ、言いたいことはとてもよく分かる。芸術と藝術は何か違うようなイメージがある。学問よりも學問の方がススメたくなる。吉田さんの「吉」という字に関しては、

もともとサムライ出身だから「士」を使った「吉」、農家だったら「土」を使った「𠮷」といった後付け論もでてくる(笹原、前掲書)
(p.152)

その説は知らなかった。

この本、2020年の東京オリンピックのエンブレムデザイン盗作事件について、かなり細かく考察されている。

いずれにせよ、二〇二〇年東京オリンピックという、世界が注目している(かもしれない)舞台に関するもので、盗作をするなんて通常の神経ではありえない。ただ似ていて当たり前のデザインをつくり、似ているのがあったからと言われてつくり直し、結果的に、もっと似ているものが現れて大騒ぎになり、デザインを撤回せざるを得なくなった、というのが今回の事件の顛末だろう。
(p.329)

検証したような感じのことは書かれていないので、筆者の推測だと想うのだが、盗作するわけがないというのは個人的には説得力があると想う。筆者も指摘しているが、善意を信じるというのではなく、盗作するのならするで、多少は工夫して誤魔化そうとすると思うのだ。デザインなんて少し変えて違うように見せるのは簡単なのにそれをしないのは変、というのも納得力がある。

オリンピックに関しては競技場のデザインの話も出てくるが、興味がある人は読んでみて欲しい。


デザインの作法: 本は明るいおもちゃである
松田 行正 著
平凡社
ISBN: 978-4582620658