Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

蒼き狼

今日は井上靖さんの「蒼き狼」。「みちのきち」では富士屋ホテルの社長である勝俣伸さんの推薦図書である。

マンガ週刊誌のモーニングで「ハーン」という漫画が今連載中、これは昔からある義経伝説、つまり源義経が大陸に渡ってチンギス・カンになった、という想定のストーリーだが、

『成吉思汗は源義経也』という大変長たらしい題の書物が出版され、たちまちにして出版した月に十一版を重ね、ベストセラーになったのは大正十三年のことである。
(p.432)

これは巻末の井上靖さんによる解説、「『蒼き狼』の周囲」の出だしのところである。義経伝説はただのフィクション、ファンタジーだが、蒼き狼は史実を元にした本格歴史小説だ。

同盟を組んだ仲間が明日は敵、略奪は当たり前、勝てば敵の男は皆殺しにして女と財宝と羊は山分け、というような時代である。今とは違うモラルの中で鉄木真(テムジン、のちの成吉思汗(チンギス・カン))の哲学がいろいろ考えさせられる。鉄木真が成吉思汗となってモンゴルを統一した後、こんな話が出てくる。

羊を盗むことを避けなければならぬことは、モンゴルの民にとっては、これまでそれが死を意味することであるからであったが、盗むことが自分をも他人をも不快にすることであり、そのためにそれを避けなければならぬというように全く新しい観念を徐々に彼等に植え付けて行った。
(p.324)

考え方を変えさせるというのは難しいものだ。そして、所詮は力で屈服させた人民は、力が弱くなると離れていく。

成吉思汗はあの大虐殺を以てしても、何ものをも変らせることができなかったことを知らないわけにはいかなかった。
(p.387)

女性がモノ扱いされているこの時代に、妻であるボルテや忽蘭(クラン)との絆の方が結局安定感があるというのが面白い。ストーリーは成吉思汗の視点で書かれているので女性から見た人生観はあまり伝わってこないのだが、女性達の行動を見ていると、何か恐ろしくしっかりしたポリシーが支えになっているようにも見えてくる。

 

蒼き狼
井上 靖 著
新潮文庫
ISBN: 978-4101063133