Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

容疑者Xの献身

ミステリーである。東野圭吾さんはこの作品で第134回の直木賞を受賞している。

刑事コロンボ的に、物語が始まったらすぐに殺人の犯行現場になる。つまり犯人は最初から分かっていて、それを探偵ではなく物理の准教授が追い込んでいく、というストーリーでいいのかな。いいのかなって何なの、というのは最後まで読んでみれば分かるから書かないけど。

その犯人は花岡靖子。と、中学生の娘の美里も共犯か。犯行の流れは、まず美里が被害者の富樫を鈍器で殴った。富樫は倒れたがまだ生きていて、反撃して美里を押さえ付けて殴った。その後ろから靖子が富樫の首をコタツのコードで絞めて殺した。という感じ。これにアパートの隣人である数学教師の石神が参加して、アリバイ工作を行う。数学教師だけあって、論理的に隙がない。

この石神と刑事の草薙が同じ大学の出身で、草薙が事件に行き詰ると相談相手になっている湯川がその大学の准教授。専攻は物理である。学生の頃の石神は、

どんな優秀な教授でも、いつも正しいことを語るわけではないということを知っていた。
(p.106)

とか言ってるから、かなりヒネていたのだろう。石神と湯川は学生時代にエルデシュ信者という共通項で意気投合する。ただ、石神が論理で最初から最後までやろうとするのに比べると、湯川は実験して検証したがる。この話では、被害者の死体発見現場の近くに一斗缶があって、そこに被害者の衣類の燃え残りが発見されている。これに不審を感じた湯川は、実際に実験して燃やしてみる。

数学者と違って、我々は実験しないと気が済まない性格なんだ
(p.297)

その結果は、

有毒ガスを発しながら、じつによく燃えた。
(p.297)

燃えるのにかかった時間が5分で、犯人はなぜその5分を待てなかったのかと考える。しかし、この時点で残るのは違和感だけで答は出ない。

このミステリーを味付けしているのは、まず、ホームレス。石神の通勤コースはホームレスの住居【謎】の横を通るルートになっていた。ホームレスの生活を見て、

「いつもと同じ光景だ」石神はいった。「この一か月間、何も変わっちゃいない。彼等は時計のように正確に生きている」
「人間は時計から解放されるとかえってそうなる」
(p.122)

時間に縛られない方が規則正しく生活できるという発想はなかった。もちろんこのセリフは湯川のものだ。

もう一つ色付けするのが、石井の高校の生徒だ。

先生さあ、受験に数学のない大学だってあるんだし、そういうところを受ける者は、もう数学の成績なんてどうだっていいんじゃないの?」
(p.153)

この質問は知恵袋あるあるかな、FAQ。受験に必要ない科目はやる必要がないという結論は生徒が簡単に出せる結論の一つなのだ。石神は理屈を付けてこれに反論するが、それと同時に、疑問を持つことこそが重要だとも考えている。

なぜこんな勉強をするのか、という疑問を持つのは当然のことだ。その疑問が解消されるところから、学問に取り組む目的が生まれる。
(p.268)

でも解消されるとは限らないよね。解消されるにしても、もしかしたらコンピューターを使わないと解けない難問かもしれないし、NP完全で解くのに途方もない時間がかかるかもしれない。この話で私が分からなかったのは、石神がなぜ花岡母娘に何も要求せず一方的な協力を惜しまないのかだ。タイトルは献身となっているが、そこが不可解だった。理由付けはちゃんとあって、ストーリーでは、そのココロは、この母娘は数学と同じように崇高なもので傷つけてはならないという結論になっていて、

崇高なるものには、関われるだけでも幸せなのだ。
(p.386)

というのだが、個人的にはちょっと納得できない。もちろん、その裏には完璧なアリバイを作るという問題に挑戦する数学者の本能があるのだと思うが、どうしても違和感が残る。


容疑者Xの献身
東野 圭吾 著
文春文庫
ISBN: 978-4167110123