Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

東京奇譚集

村上春樹さんの短編集です。最初の話は「偶然の旅人」。何気なく出てくるルールがよく分からない。

かたちのあるものと、かたちのないものを、どちらかを選ばなくちゃならないとしたら、かたちのないものを選べ。
(p.34)

奇妙なルールですね。強引に理屈をつけるとしたら、形があるものはいつかは壊れるから、形のないものを選んでおいた方がいい、という感じでしょうか。

もう一つある意味同感なのが、

偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうかって。
(p.47)

確率的にそれはある意味そうですね。たまたま買った宝くじの番号が13組の 342452番だったとする。もちろん外れています。大外しです。しかし、あなたが宝くじを買って1等を当てる確率と、あなたが買った宝くじが13組の342452番である確率は全く同じなのです。物凄い偶然ですよね。

次の作品は「ハナレイ・ベイ」。これはかなり好きな作品です。いきなり一人息子に死なれてちょっと壊れているサチさんがいいです。こういう性格だとそういう子供が育つだろうとイメージできそうなところが特にいいです。

「煙草で人は確実に死んでいくけど、マリファナじゃなかなか死なない。ただちょっとパアになるだけ。まああんたたちなら、今とそれほど変わりないと思うけど」
(pp.69-70)

あんたたちというのが、たまたま出会ったチャラい感じの大学生。完全にバカにしているのですが、確かにビリだとそれ以上順位は落とさずに済みます。それ以上じゃなくてそれ以下と言うべきですか。

サチはピアノを弾きます。しかしオリジナリティがないと嘆きます。

そこにあるものを、そこにあるとおりに弾くのは簡単だった。しかし自分自身の音楽を作り出すことができない。
(p.74)

ちなみに私は多少音楽をやりますが、演奏技術が未熟で才能もないから完コピするだけでも大変です。ていうかまず無理です。イイカゲンな演奏しかできません。でもオリジナルの曲は作れるし、演奏もできます。AI的には、そこにある通りに弾くというのが案外難しいような気がします。もちろん録音して再生するのは簡単ですが、deep learning のような手法で曲を作ろうとすると、何かズレるような気がするわけです。sin カーブを学習させて再現させても、sin カーブっぽい折れ線しかできないみたいな感じ。

3つ目の作品は「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。これは世にも不思議な奇妙な話といったところで、何かわけの分からない違和感が残ります。舞台の大半は階段で進行するのですが、学校の怪談的な雰囲気の下で、階段での会談が進んでいきます。しかし登場人物の行動はリアルで、

飛びつくみたいに簡単に引き受けたら、裏があるんじゃないかと勘ぐられてしまう。
(p.109)

大人の小技といったところですね。私の経験ではこの技は8割の確率で失敗しています。これは失踪した人を探すというミッションを受けた探偵さんの頭の中の言葉なのですが。作品中には探偵という言葉は出てこないし、ボランティア、趣味という設定で、

私は個人的に、消えた人を捜すことに関心を持っているのです
(p.110)

だそうです。人探しおたくですね。どんな分野にもプロや変態はいるのです。この小説は、階段で出会う人と会談するといいましたが、最初はランナー、2人目は哲学的な老人、3人目は小学生の女の子、それぞれの会話が怪異と話しているみたいで面白いですね。この老人がスモーカーなのですが、喫煙する理由を聞いた探偵さんが、

「いわば健康のために喫煙を続けられているわけですね」
(p.125)

というのが面白いです。女の子は女の子で、

子供のいない男の人とは口をきいちゃいけないって、うちのお母さんが言ってた。
(p.130)

子供がいる男なら口をきいてもいいのかな、危ないような気もしますが、しかしこの女の子は知らない男を相手によく喋ります。

次の話は「日々移動する腎臓のかたちをした石」。何かこういう感じにタイトルが長いのは個人的には面倒いのでイヤなんですけど、

男が一生に出会う中で、本当に意味を持つ女は三人しかいない。
(p.141)

大島弓子さんのマンガに似たような話がありますね。本当の恋は3回訪れる、だっけ。

登場する女性がなかなか哲学的で面白いです。キリエという名前も面白いです。

この世のあらゆるものは意思を持ってるの
(p.166)

オブジェクト指向ですね。Java なら得意分野です。

最後の話は品川猿。何度か読み直したのですが、なぜ品川なのか未だに理解できません。世田谷じゃ駄目なんですかね。個人的には、こういうのは渋谷に潜んでいそうな気がしますね、特に地下の小川あたり。私は自分の名前は忘れたことがまだありませんが、他人の名前はすぐに忘れてしまうので、こういう話には共感してしまいます。

名前に関連して思い出せる出来事って、あなたには何かないかしら?
(p.201)

この質問、なかなか鋭いというか、キツいですね。あなたなら何かありますか? 私はちょっと思いつかないです。

嫉妬の感情を経験したことのない人に、それを説明するのはとてもむずかしいんです。
(p.209)

これも確かにそうですね。さて、この話はタイトルの「品川猿」から想像できるように猿が出てきます。

「いないあいだに猿に取られないように」
(p.211)

これは、主人公の女性に名札を預ける、松中優子という女性のセリフです。松中優子で思い出しましたが、松田優作という伝説のスター。あの名前が、なかなか覚えられませんでした。覚えてもすぐに忘れてしまうのです。思い出すのに考えまくって1日かかるのです。余談はさておき、ここで猿が出てくるのも何か違和感があるんですよね。何故松中さんは猿に名札を取られることを知っていたのか。まあそれはおいといて、この話。

ほら、よく言うじゃない、人生は三歩進んで二歩下がるって。
(p.221)

その後「休まないで歩け」ですよね。残業は悪、残業すると過労死すると信じられている時代に、そんなこと言う人まだいるんですか。

さて、この話の猿は、実は喋ります。

「はい、しゃべれます」と猿は表情をほとんど変えることなく言った。
(p.228)

モニタリングじゃないの。小説だし、ま、いいのか。猿にアドバイスをもらって〆めの言葉が、

私の名前が戻ってくれば、それでいいんです。私はそこにあるものごとと一緒に、これからの人生を生きてきます。
(p.242)

化物語のひたぎさんのようなセリフですね。

最後に、ありがたいアドバイスを紹介しておきましょう。

「女の子とうまくやる方法は三つしかない。ひとつ、相手の話を黙って聞いてやること。ふたつ、着ている洋服をほめること。三つ、できるだけおいしいものを食べさせること。簡単でしょ。それだけやって駄目なら、とりあえずあきらめた方がいい」
(p.92)

 

東京奇譚集
村上 春樹 著
新潮文庫
ISBN: 978-4101001562