この本は、症状ごとにどんな本を読めばいいか紹介してくれる処方箋集です。
症状というとイメージし辛いですが、例えば「自分の鼻が嫌いなとき」とか「結婚相手をまちがえたとき」のような、かなり意表をついた症状にも対応しています。処方となっている紹介文が秀逸で、読んでいると何かこのブログが到達し得ないような別世界みたいに見えてきますな。
例えば「インフルエンザにかかったとき」に処方してくれるののはクリスティ。何故に?
痛み、悪寒、発熱、咽頭痛、鼻水――これらの症状は、ポワロより早く犯人をみつけようという意欲にくらべれば、物の数ではない。
(p.41)
そんなものかな? 余計頭が痛くなりそうな気も。
「お茶がほしくてたまらないとき」で処方してくれるのはダグラス・アダムス著「宇宙の果てのレストラン」。
栄養飲料自動合成機という古典SFっぽいメカが出てきます。マシンというよりメカって感じですよね。アーサーは紅茶が欲しいのですが。
アーサーはその飲み物を6杯続けて捨てたすえに、自分が紅茶に関して知っていることをすべて――東インド会社の歴史から銀のティーポットから、ミルクを最初に入れることの重要性まで――を必死になってその機械に教える。
(p.51)
そうやってあらゆる情報を与えたときにメカは本物の紅茶を作ることができるのか、AI的な意味で興味がありますね。
待合室にいるときに読むといいのは、なぜかアルフレッド・ベスターの「虎よ! 虎よ!」。
説明しなくても皆さんご存知の禁断の青ジョウント。あずまひでお先生は青色申告のときに使っていたようですが。とはいっても逃げ出せという話ではなくて、
この小説を待合室で読めば、そこがガリーの閉じ込められていたロッカーほど狭くないことがありがたく思えるだろう。
(p.345)
そこかよ、みたいな。
部外者のときに処方されるピーター・ケアリー著「オスカーとルシンダ」も面白そうですね。
オスカー・ホプキンズは根っからの部外者で、部外者には立ち入れない世界が存在することすら知らない。
(pp.307~308)
何でも知っているという人は、多分自分が知らないことがあることを知りません。何でもは知らないわよ、知ってることだけ。部外者禁だけじゃなくて、幹部社員しか知らない会議室とかありますよね。
こんな感じでいろんな本が紹介されています。何をよんだらいいか分からないとき、というケースは見当たらないのですが、「10代のとき」から「100歳になったとき」まで10歳刻みにあるので、そのあたりを参考にすればいいかも。最後にちょっと気に入った言葉を。これは、頭がよすぎるときに処方されているサリンジャーの「フラニーとズーイ」の話から。
凡庸な人間にとってもっともいやなのは、自分の凡庸さを思い知らされることだ。
(p.25)
文学効能事典 あなたの悩みに効く小説
エラ・バーサド、スーザン・エルダキン 著
金原瑞人、石田文子 訳
フィルムアート社
ISBN:9784845916207