ということでようやく書評にはいります。学生街の殺人。推理小説です。
主人公の光平、どことなくニヒルな感じです。夢がない大学生とか、今時のトレンドなのでしょうか。この光平が3つの殺人の第一発見者になってしまいます。3つ目は第一というか共同発見者ですが。微妙な立ち位置で、普通なら逮捕されてもおかしくないのですが、ヘンな刑事とビリヤードと勝負して何か信用されて、結果的に犯人探しに協力することになります。
ところどころに、妙にリアルな言葉が出てきます。
意欲のない学生に学問を教えるというのは、ザルで水をすくおうとするよりも、ずっとむなしい作業なんだ
(pp.40-41)
これは助教授のお言葉。今だと准教授ですか。「ザルで水」という比喩は、何となくありきたりな気もしますが、意欲のない学生に教えるという状況があまりにリアルなので、そこに違和感がありません。これならまだ人工知能を教育した方がマシな感じ。光平は意欲のない学生側なのですが、多分。
これも何となく気になった言葉。
商売とは割りきることだ
(p.91)
これだけじゃよく分かりませんが、何か哲学のようなものを感じますね。
あるいは、本屋の親父が店番をしています。一人で滅入らないのかと聞かれて、
「慣れるんだ」
(p.137)
面白い。これも分かります。本屋の親父なんてのは私の理想の職業なんですけどね。一日中本を読んでいられる。売れなくて大変らしいですが。万引きとかも。世の中が電子化されてしまえば紙の本を買うのはマニアだけになって、何か違う世界になるかもしれません。こんな感じで、地味に奥が深い言葉が出てくるのがいい。
雑記のときにも話題にしましたが、ハッカーは悪者として描かれています。
「コンピュータ・ゲリラのことだね」と光平は説明した。「よそのコンピュータ・ネットワークに電話回線などを通じて進入するもののこと、といえばわかるかな」
(p.150)
それは正式【謎】にはクラッカーというのです。クラッシャーです。ハッカーというのは単に腕利き職人のことなんですが。最近はそういうのはホワイトハッカーと言うそうです。
自信をなくしたという光平に対して、医者の斎藤さんのお言葉。
君はまだ何も得ていないし、何も失っていないじゃないか。自信をなくす必要なんてどこにもない
(p.324)
確かに失うためにはまず得る必要がありますね。
もし彼のいっていることが事実なら、自分が失ったと思いこんでいるものは何なんだろう?
(p.324)
時間じゃないですかね。
このストーリーには、エキスパートシステムの話が出てきます。小説が書かれたのは 1987年。私がエキスパートシステムの勉強をしていたのは1990年頃かな。小説の中に出てくる説明だけでは少し分かりにくいと思いますが、ストーリー中では最先端テクノロジーということだけ理解していれば犯人探しには問題ありません。
光平の父親が最後の方に出てきますので、紹介して今回は終了。
どんな人間でも、一種類の人生しか経験することはできん。一種類しか知らんわけだ。それなのに他の人間の生き方をとやかくいうことは、傲慢というもんだ
(p.405)
経験していないことを言ったら傲慢になるのか、という所にはちょっとひっかかりますが。