Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

喜連川の風 忠義の架橋

シリーズ第二作。今回は川に橋を架ける話です。

一月で川普請をやり、橋渡しをしなければならない。
(p.49)

橋を架けるプロジェクトXを任されたのは主人公の天野一角。唯心一刀流の免許を持っている、つまり剣の達人。という設定なので今回も盗賊が出てきます。時代小説はチャンバラがないとね。

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もちろん一刀流に橋を架ける技なんてありません。そういえばカムイ伝に笹一角という剣士がいますが、一角というのは強いイメージがあるのかな。それはともかくとして、上役は無茶を言うし、村人はまるで言うことを聞かないし。ありがちなパターンなのが妙にリアルで面白いわけです。

この巻はどちらかというと海老沢清兵衛の苦労話がメインです。清兵衛は先日紹介した参勤交代でも裏で活躍しますが、ここにルーツがあったのですね。作品の発表と逆順に読むものだから今頃気付いたりするわけです。盗賊を斬り殺してアタフタする所などは十九歳という感じもしますが、今なら十九歳は大学生か浪人か。清兵衛は浪人ではなく武士ですが下っ端なので大変です。

病気の母親と妹の3人暮らしなので、薬代も莫迦にならない。若干十九歳で一家を支える立場です。母親が亡くなった後の妹との会話はあまりに深すぎるのであえて書きませんが、いろいろ考えさせる言葉が詰め込まれています。

橋の話に戻すと、素人が工事をすると手間取るというのはどんなプロジェクトでもそうだと思いますが、掘りかけの用水は、雨が降ったせいで、

掘った溝の両側が崩れて、ぐちゃぐちゃになって埋まっとるんです
(p.180)

これは大惨事。雨が降ると溝が崩れる程度のことは予想できそうな気もしますが、今ならどうするのだろう? 工事現場のゲリラ雨対策とか。地下鉄工事は何かドキュメンタリーで見たような記憶もありますが、雨が降って大量に地下水が出たときの対策をしながら掘っているとか。

ともあれリーダーはいろいろ想定して行動する必要があります。橋じゃないですが、逃げた盗賊を探索するときに一角が脳内シミュレーションをします。このとき上役があきれて言うには、

一角、おぬし、さっきから悪いほうにばかり考えているようだな
(p.220)

最悪の事態を想定して行動するのは基本ですけどね。それにしては橋の方は洪水で完成寸前に流されるとか考えなかったのかな。鶯の鳴く季節だからそんなのはないのか。


喜連川の風 忠義の架橋
稲葉 稔 著
角川文庫
ISBN: 978-4041043745