Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

もしかして彼女はレベル97 (2)

昨日書くつもりだったけど、ちょっといろいろあって間に合いませんでした。申し訳ない。で、今日一気に書かせていただきます。タイトルの(2)というのは、そういう本があるわけではなくて、この投稿が2つに分裂したので後編という意味ということで。

短編の2つ目は「死なないのと生きているのとは違う」。タコです。この短編の最後に萩原朔太郎の詩が部分的に引用されています。

かくして蛸は、彼の身體全體を食ひつくしてしまつた。外皮から、腦髓から、胃袋から。どこもかしこも、すべて殘る隈なく。完全に。
(死なない蛸、萩原朔太郎 作、青空文庫)

自分自身を食べるということは本当にできるのでしょうか?

「無論生物学的にはありえないが、魔術的には結構ある。
(p.77)

だそうです。すばらしい解釈です。目からウロボロスです。 ちなみにこの話のタコは成仏できない霊魂で、市子の周りをうろちょろしたのが災いしてタコにされてしまったのです。このタコがスダールのように巨大化して暴れまわるというウルトラQのようなお話なのです。

今回は、巨大化したタコに勝ったら神にしてやろうと吹っかけられて助六が頑張ります。助六というのは九尾の狐さんで、野狐ですね。神使かどうかはよく分かりませんが下僕です。これが市子に

「憑坐に五人取り込まれている。傷つけないよう慎重にやれ」
「何と、無茶ブリですよ」
(p.106)

タコに取り込まれた5人を無事救出してタコだけ倒せといわれても困ります。 そこで手助けするのが雀さん。天狗になったスナイパーです。雀のお話はこの次の短編に出てくるので細かいことは省略しますが、無茶ブリはそのまま雀に丸投げされて、取り込まれた人間は無事なままタコを撃てといわれて、このあたりがクライマックスです。

「言うことに欠いて死穢血穢とか、鞍馬はいつもそういう役回りって本当だったな。
(p.112)

死穢、血穢に関する細かい話は出てきません。要するにケガレです。細かく書くと危険なのであえて書かなかったのだと思います。私も怖いので書きません。つまり助六は雀にケガレだけを撃ってくれというのですが、そんな都合のいいことができる必殺技があるのが小説の有難いところです。

「仏敵討滅、悪霊退散、武運長久、色即是空、全身全霊、その他諸々!」
(p.115)

雀はもとスナイパー、僧侶でも神職でもありませんから結構デタラメです。何か言わないと言霊化しないので景気付けなのかもしれません。天狗なのでこれがビンゴで的に命中してとんでもない軍神が召喚されてアッという間にタコはこの世から消滅して影も形もなくなってこれにて一件落着ですが、

この世は理に適ったことしか起きない。
(p.121)

タコまで出された後でイマサラそんなこと言われても…

で、次行きます。3編目は「歴史はいつも教わったのと少し違う」です。

これが先の話で大活躍した雀さんがどうやって天狗になったのかというエピソードです。さらに、雀さんが鞍馬山に行って天狗の先輩方にご挨拶しに行く小話です。手ぶらで行くのも何だし、

とりあえずいなり寿司を五十人前用意しましたので、これで何とか場を和ませてください。困ったときは食べ物と酒です。
(p.135)

確かに日本の神話は飲食で何とかするという話がわんさかあったような…ギリシャ神話とかもそうだっけ。とにかく飲んで食って仲良くなるのは今のサラリーマンも同じですな。いなり寿司が出てくるのは助六が用意したからで、助六は付き添ってくれといわれて断る代償にいなり寿司で誤魔化したわけです。狐だけに。

雀はスナイパーの正装をして鞍馬山にご挨拶に行って400m先の的を一撃でヒットしますがどうもウケがよろしくない。なにしろ相手は源平合戦とか戦国の亡霊だからジェネレーションギャップがハンパなくて話が通じない。

なぜ寝転がる。なぜ立ってかまえない
(p.139)

奇妙な質問にも雀は真面目なのでマジで答えます。

立ってかまえたら目立つし、疲れるじゃないですか。これ重いんですよ。
(p.139)

バカにされて爆笑なんだけど、相手の中に一人だけマジなのがいます。天狗の大将といえば義経に決まってますよね、モーニングで連載している漫画では現在逃亡中ですが、漫画もイケメンです。 頓珍漢な説明を重ねてチャンスが来るまで3日は待てるぞという話をしたら、これが理解されたようで、意外とウケます。

「人間が弓に矢をつがえて、三日も同じ場所に立っていられるはずがない。こいつはそれができるって言うんだぞ」
(p.144)

流石は義経目のつけどころがシャープです。 雀の装備はヘロヘロなので日本刀で切られたら死ぬから切らないでと頼んだところで、

昔の故事ならそこは言葉に詰まるところだろう
(p.146)

矛盾って韓非子ですよね。ググって確認したら合ってた。ホッ。義経って勉強もしていたんだ。一般教養なのでしょう。で、鎧とか着てないのはどうせ狙撃されたら死ぬからというのが通じない。しかし、何されても死ぬじゃないかと突っ込まれた時の雀の返事がまたウケけるのです。

「死にます。現代戦では姿を見られたら死にます」
「姿を見られたら死ぬ、とは妖らしくて面白い」
(p.146)

で、本気で姿を消して勝負しろ、面白くなかったら殺すといわれたので、仕方ないから雀は200mほど離れてバレットM80A1義経を打ちます。雀といえども天狗だから絶対に外れません。そんなので撃ってもいいのかな。

アンチ・マテリアル・ライフルは乗用車のエンジンや鉄扉、安物のジュラルミン盾を貫通し、コンクリートをも砕く。磨崖仏でも割れる。人間に当たれば弾と一緒に体の中身が全部出る。
(pp.148-149)

まがい物ではなく本物なのに磨崖仏も割れるらしい。磨崖仏というのは何が面白くてこんな所に彫るんやというような場所に彫られた仏像ですが、あんなの割ったりしたらタリバンみたく仏罰が下って大変なことになりますが、これが命中した義経がどうなるか知りたい人は本を読んでください。

さて最後が「貴方の人生は貴方のものではない」です。

Amazonのカスタマーレビューでは、これが分からんという評がありますが、個人的にはこれが一番面白かったです。パソコン通信から Habitat とか PostPet とか古き良きネットコミュニティの時代を知ってる人なら、あるあるのオンパレードなのですが、確かにこんなの用語が分からないと意味不明だ罠。まあこの作者、この話に限らず至るところに知らないと分からないネタをぶちまけてますが、さてこの話の舞台「テルミィ」は、

少女のためのクローズドSNS
(pp.165)

乙女の園なのです。だからオッサン達はそのままでは入れないから女装したアバターで侵入します。アバターもえくぼといいますが、キモいです。あ、そうそう、この話のバトルの相手はサイバー妖怪ですよ。何それといわれても私も知らんがな。男子禁制なのに参加してもいいのか?

ネカマをしない男なんぞ信用できるか。
(p.252)

なにが。こんなわけのわからないのは置いといて、ストーリーですが、サイバー妖怪に取り込まれた少女救出です。この少女というのが、

「春の地震で家が倒壊して下敷きになった。頭を打って、もう二か月も意識が戻らず昏睡状態で入院している」
(p.189)

それを救出しようということなんですが、バーチャルな世界なのに「生きるとは」みたないやけにリアルな重いテーマがちらちらします。そういえば、最近はAIが流行のようですが、AIって妖怪になれるんですかね。ていうか、AIの生存権とかどうなっているのか。やたら死にたがるのは最近の流行でもないかもしれませんが、オッサンたちはそういう少女にマジで切れて怒ります。

お前みたいなガキにこんなところで死んでいい権利なんかねえんだよ
(p.220)

市子も怒ります。

この国ではよりよい生き方を選ぶことはできても、よりよい死に方を選ぶ権利はない! 一度人間に産まれたら簡単にはやめられないのだ。
(p.242)

確かに死権なんて聞いたこともないですね。人間じゃなかったら簡単なのかな。ちなみに逆の視点からは、こんな言葉も出てきます。

本当にその命に価値があるのなら、死は恐ろしいものではない
(p.256)

こんな話ばかり読んでいたら地獄少女でないけど一度死んでみたらどうかと思ったりしそうですが、死ぬのって怖いのですかね、ジャン・バルジャンは最後によく分からないことを言ったような気がしますが。