Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

汚れた赤を恋と呼ぶんだ

今日は階段島シリーズから「汚れた赤を恋と呼ぶんだ」。今回はこっちの世界の話です。つまり、階段島に捨てられた人格ではなく、捨てた方の人格のストーリーです。

どこが恋なのかよくわからない話なのですが、気にしません。民俗学の話題が出てくるのですが、魔女というのも都市伝説として民俗学の対象なのでしょうか。

「有名なのは、蝸牛考とか」
(p.30)

まよいマイマイ。私は十二支考の方が好きです。

七草はこの本を高校三年生の小林さんに教えてもらいます。その小林さんの研究している内容。

ある条件を満たした集団は嘘を自ら正し、満たしていない集団は嘘がより色濃く沈殿していく。
(p.137)

情報が錯綜したときに自浄作用が働くとしたら論理的思考力の作用だと思います。ネットの集団にはソレがないことが多いんですよね。小林さんの思想としては、嘘を自浄する集団は健全だと判定するのですが、そもそも嘘と本当は必ず分離できるのか、嘘でもあり本当でもある場合はどうするという問題が出てきそうな気がしますよね。

七草と真辺の会話は、何かいつもズレています。七草が真辺と会話しているときのセリフ。

君にはわからないかもしれないけれど、なにを選んでも後悔することだってある
(p.160)

これに真辺は「なにを選んでも」が言い過ぎだと反応するのですが、「君にはわからないかもしれない」の方が酷い言い方のような気がしますね。

七草の理想論もちょっと独特です。

「君は理想が高いからね」
「低い理想なんてあるの?」
(p.209)

高さは相対的ですからね。七草はいつも理論派ですが、

僕は、テストで一〇〇点を目指すのが完璧主義者だと思っていたけれど、例えば目標を八〇点だと設定したなら、それを必ず達成しようとするのも完璧主義者だと言えるのだろうか。
(p.211)

言えるでしょう。この場合、81点になったらアウトですね。美しくないから。

今回は、秋山さんによる、本の話をするときのコツで閉めます。

「まず、嫌いな本の話は決してしないこと。好きな本だけに話題を絞ること。それから、相手が挙げた小説を、自分も好きだと信じ込んで話すこと。読んでいなくてもいい。読めば絶対に好きになると思って話せばいい」
(p.202)

このブログの参考になりそうな話です。


汚れた赤を恋と呼ぶんだ
河野 裕 著
新潮文庫nex
ISBN: 978-4101800561