Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

無罪

今日は大岡昇平さんの「無罪」を紹介します。

この本は、実際にあった事件とその裁判、特に無罪の判決になったものを13件紹介するという内容です。時代は今から百年以上前のものが多く、当時の非科学的、非論理的な判決に興味津々、と言いたいところですが、今でも状況はそんなに変わっていないような気もします。

「狂った自白」は1660年の事件で、ウィリアム・ハリスンという七十歳の老人が集金に行ったきり失踪します。皆で探していると、血の付いたネクタイと切られた帽子が見つかります。しかし周囲に血痕は見当たらず、格闘した跡もない。死体も見つかりません。そこで容疑者となったのはジョン・ペリイです。以前から不可解な行動でキモいと言われていたのですが、ジョンは兄と母親と共謀してハリスンを殺したと自白します。ジョンの兄と母親は無罪を主張しましたが、

年とった母親のジョアンナは魔女らしく、無口な兄のリチャードは薄気味悪い奴だと言われていた。
(p.109)

という状況下で、物的証拠がないのに、証言だけで三人は死刑になってしまいます。そして、

二年経った。或る日、いまは空虚となった絞首台の傍を通って、一人の旅に疲れた老人がカムデンの村に降りて来た。彼は真直にカムデン家の門へ向った。村人には彼が誰であるか、すぐわかった。殺されたはずのウィリアム・ハリスンだった。
(p.119)

この誤審の後始末がどうなったのかは、本には書かれていません。テヘペロで終わったのではないかと思われます。ペリイ一家は三人全員が死刑になって誰も残っていないので、不服を訴える人はいないのです。

「サッコとヴァンゼッティ」は、1927年判決の事件ですが、犯人とされた二人は無政府主義者という理由で差別的な判決を受けたとされています。宗教や思想で判決が変わるというのは、あってはならないことなのですが、あってはならない、というのは裏を返すと、そのようなことが多々ある証拠でもあります。しかも、この事件は証拠とされている目撃者談が無茶苦茶です。

目撃者の視認証言というものが、あらゆる証拠の中で、最も信憑度の薄いものであることは、今世紀の初めから、英米の裁判所の注意するところとなった。
(p.195)

 個人的に今、特に気になっているのは顔認証等のAIによる判定です。顔認証が誤認式して同一人物だと判定した場合に、それを覆すのは大変難しいのではないかと思うのです。AI冤罪のようなものが発生したら、誰が責任を取るべきなのでしょうか。

 

無罪
大岡 昇平 著
新潮文庫
ISBN: 978-4101065090