先日紹介した「天主信長」の裏バージョン。ストーリーの基本の流れは表と同じですが、こちらは黒田勘兵衛の目線で描かれています。
何でこちら目線の物語を書きたかったのかな、と思ったのですが、読んでみて分かったのが、播磨国のぐちゃぐちゃぶり。勘兵衛の主君である小寺政職が優柔不断で、しかも要職の面々も保守的で信長がやってくるという時勢が見えない。このままでは播磨は滅びるとみた勘兵衛は、さっさとどこかに鞍替えしてしまえばいいのに、播磨で頑張るところが結構面白い。重職会議は錯綜しますが、とりあえず結論としては、
「織田につく」
(p.155)
小寺政職が織田側になることを決めたのは長篠の合戦の後でした。官兵衛は最初、荒木村重に会いに行きますが、どうもよく思われていない。高山右近を紹介してもらい、キリスト教のレクチャーを受けた後、秀吉に会います。
「織田が欲しいのは、土地ではない。人じゃ。領主は奪えばいい。大量の鉄砲と兵をくりだせば、城など簡単に落とせる」
(p.173)
長篠の後に言うことですから説得力があります。秀吉は、国が乱れた後に立て直すには何が必要かと勘兵衛に問います。官兵衛は、人、時、金と答えますが、
金は天下をとれば勝手に集まる。
(p.174)
でも人は難しいというのですね、遣える人材です。だから欲しい。これは今も同じです。で、うまく説明できないとみた秀吉は、直接信長に会わせることにして、即行動します。信長もすぐに会ってくれて、勘兵衛が平伏していると、
「顔をあげよ、頭なぞ見ても意味ない」
(p.177)
まあそりゃそうですが。顔を見れば分かるのか、という話でもなさそう。
「藤吉郎。そなたが連れてきた。ということは、役に立つのだな」
「まちがいなく」
「ならば、小寺政職の本領は安堵つかわす」
(p.178)
信長の魅力はこのスピード感ですね。信長は初見の勘兵衛に名刀「圧切」を与ると、忙しいとかいってさっさと退出してしまう。人の扱いも上手い。
しかし、このストーリーの信長は、人間を信用しないキャラとなっています。
「和睦を交わし、人質を出し合っても、裏切りはなくならぬ」
(p.242)
その割に史実としてはアッサリと光秀に裏切られてヤラれてしまいますね。「裏」では小寺政職も簡単に寝返える性格だし、もう裏切りシーンだらけです。
そして、半兵衛が秀吉の策士となった理由もしゃれています。
明智光秀のように学もあり、策もたてられる将のもとでは、半兵衛の値打ちは半減する。秀吉のもとなればこそ、輝いた。
(p.301)
個人的には、秀吉は知恵者というイメージがあるのですが、秀吉は学がないから半兵衛が引き立つというのは、説得力のある設定かもしれません。
天主信長〈裏〉 天を望むなかれ
上田 秀人 著
講談社文庫
ISBN: 978-4062776226