Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

氷の天使

今日はキャロル・オコンネルさんの「氷の天使」、天才ハッカーのキャシー・マロリー巡査部長が出てくるシリーズの第一作です。現題の Mallory's Oracle というのもカッコイイですよね。これが何で氷の天使なのか不可解ですが。

「ウィンター家の少女」「生贄の木」で紹介したように、マロリーはキレる巡査部長、どちらかというとブチキレるおまわりです。しかし天才ハッカーだけあって、ロジカルな行動にもこだわっています。

最初のシーンでは、殺人事件の現場から時計を盗んで売り払おうとした少年を殴って脅して現場まで連れて行き、状況を説明させた後、

「約束は約束よ。さあ、放してやって」
(p.23)

見たときの様子を教えてくれたら開放する、という約束をしたのでしょう。マロリーとしては、殺人犯を捕まえるためならケチな盗みはどうでもいいわけです。窃盗犯を見逃すなんて法的にはあり得ないのですが、ローカルスコープの方が優先順位が高いわけですね。

本作では、マロリーの育ての親の警視、ルイ・マーコヴィッツが犯人に殺されます。マロリーにとっては、犯人捜しはかたき討ちというわけです。そのマーコヴィッツの言葉。

事件の関係者はみんな、この惑星に住む全人類の集合から切り取られた一部なんだ、警察の仕事で何より大事なのは、そのつながりをさがし出すことなんだよ。
(p.52)

まあそうなんですが、そう簡単に繋がりが分かるものではない、というのも世の中なのですよね。

マロリーは小さいときに、ジグソーパズルがうまくはまらないので、ピースを切ってハメようとしたことがあります。これを見たマーコヴィッツはこう言います。

「インチキしてピースをはめこむことはできても、完成した本当の絵は見られないんだよ。」
(p.179)

インチキをすれば必ずその副作用に悩まされることになるのです。

マロリーは友人のチャールズの押し込み共同経営者【謎】となり、ハッカーらしく、オフィスをIT化しようと提案しますが、

いまに人間が処理する仕事はひとつもなくなってしまう。
(p.70)

だからIT化反対というのはいかにも素人らしい反論ですが、ありがちですね。ただ、チャールズは映像記録という特殊能力を持っています。見たものは画像データとして脳内にセーブされています。これがなかなか役に立つスキルです。

さて、この話には老人がたくさん出てきます。老人の話というのは面白いものですが、なかなか含蓄深いことを言います。

あなた自分は永遠に生きられると思っているんでしょう?
(p.235)

老人たちを相手に、死ぬのは怖くないのかとマロリーが問いかけます。「どうかしらねぇ」のような謎の答も返ってきますが、先の一言がなかなか老人っぽくて面白いです。確かに20代のマロリーは危ない橋を毎日渡っているにしても、死ぬことは考えていないでしょう。

老人の視点になってみると、誰か殺してくれないかと思っている人が結構いるだろう、という話もリアルに怖いです。

寿命は年々延びている。人によっては、九十代まで生きつづけ、子供たちの財産を食いつぶしてしまいます。
(p.313)

老人の財産を狙った殺人というのは使い古されたネタなのですが、平均寿命が長くなっていくにつれて、またベクトルの違ったリアルさが高まってきているようです。


氷の天使
キャロル オコンネル 著
Carol O'Connell 原著
務台 夏子 翻訳
創元推理文庫
ISBN: 978-4488195069