Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

妖談へらへら月

今日は耳袋秘帖から、「妖談へらへら月」です。へらへらとは変な比喩ですが、月のお化けが、

「冷たく、へらへらっと笑うのさ」
(p.18)

…意味が分かりません。月に吠えるというのはまだ分かるけど、月が笑うというのはどちらかというと西洋的な妖怪の匂いがします。

今回のメインゲストは棺桶の中に住んでいるこつじき(乞食)です。吸血鬼みたいですな。名前は生駒左近といいます。棺桶といっても日本のアレですから吸血鬼でおなじみのデザインとはちょっと違います。住んでいるというのは、この中で寝るのですが、

じっさい、寝るというより、自分では死んでいるのだと思う。朝、新たな命を得るが、昨夜の自分と同じかどうかはわからない。
(p.19)

気分は undead ですかね。吸血鬼ではなく人間なので、夜に寝て朝に起きます。無外流の達人ということで、滅茶苦茶デキる奴です。そういう役にはよく「右近」という名前が付きますよね。ウコンの力とか。この右近が宗教に手を出しますが、どうもうまく行かない。そこに悪魔のささやきが。

「生駒さま。そういうときは、反対のほうに行ってみるのですよ」
(p.22)

ということで、仏の道の逆、つまり殺生道に誘われて、これに乗っかるのです。しかも鋳物のドンブリという武器を手に入れます。これで殴り掛かるのですが、よくこんな武器を思いつきますね。

さて、本編は神隠しがテーマになっています。神隠しといってもSFのようにタイムワープやテレポートはしません。消えたように見えるのは単なるトリックで、ちゃんと種明かしもあります。

園江という少女が神隠しにあって、その時のことを忘れてしまう話。いやなことを忘れようとするのは大人の知恵だと根岸は言います。

真実に気づいてしまったら、自分や家族が危ういことになる。だから、それは気づかないふりをし、そのうちに本当に忘れてしまうなんてことは山ほどあるのさ
(pp.121-122)

なかなか深い話であります。本作で個人的に特に面白いと思ったのは、大内与兵衛という旗本の叔父がひょっこり帰ってくるシーン。

お、叔父上だって? 叔父は仙人になっているはずだぞ……
(p.193)

どんな背景なんでしょうか。見た目は仙人というより乞食の姿なのですが、これが本物かどうか分からないところが面白い。そして、この叔父と南町奉行の根岸、そして右近が互いに面識があるというのが面白い。皆さん腕が立つという共通点もあります。

さて、今回は(も?)、悪役(笑)の寺社奉行、阿部播磨守が裏でいろいろ画策します。善悪のキャストが決まっているというのは読む側としては分かりやすくていいですね。

 

妖談へらへら月
風野 真知雄 著
文春文庫
ISBN: 978-4167779115