ファンタジーです。とはいっても指輪物語のような異世界べったりのストーリーではなく、舞台になっている片側の世界は今時のプラハです。プラハは知らないのですが、日本でいえばどこに似ているのでしょうか。
プラハの通りは幻想的だ。二十一世紀には手をつけていない。いや、二十世紀も十九世紀も遠慮してきたのだろう。
(p.39)
何となく、ヨーロッパの戦場として鍛えられた街のイメージはありますね。
主人公の魔法少女はカルー。魔法少女というとプリキュアのようなイメージになってしまうかもしれませんが、個人的にはカルーのイメージはもっと恐ろしいもの。カルーの外見は普通の人間だし、悪役ではないのですが、何か怖い存在感があります。
カルーはお転婆です。それを親のブリムストーンが叱るシーンがあります。
「必要なのもがきたときは、わかる」ブリムストーンは答えた。「自分を粗末にするな。愛を持て」
(p.37)
これはカルーが初体験したのを知ってお説教したのです。親というのはちょうと語弊があるのですが、本を読むと分かるので伏せておきます。ブリムストーンのいう「生きていくための簡単なルール」は面白い。
不必要なものは身体に入れるな。
(p.36)
で、必要なものがあるのかと訊いた返事が最初の言葉で、結局よく分からん話ではありますが、説得力はありますね。私なんかだと注意力がないので、必要なものがきても見落としてしまう方が多いような気がします。
さて、ブリムストーンはあるものを集めています。
歯だ。
(p.50)
なぜ歯を集めるのか、理由はこの本を読めば出てきます。とても重要な意味があるのです。それはそうとして、歯を持ってくる人の設定がこれも面白い。
歯を持って店にやってくる取引相手は、例外はあるが、たいがいは、人間の中でもかなりレベルの低い者ばかりだった。
(p.56)
低俗というか、下品な感じの人ということです。貴族は来なかったのでしょう。歯を売る貴族というのも想像できませんし。ちなみに、ブリムストーンは、
ブリムストーンは怪物だった。
(p.58)
普通にバケモノです。この物語に出てくる化物はキメラです。ブリムストーンの場合、上半身が人間で、下半身がいろいろ混在しているようです。ちなみに、ブリムストーンはいろいろ面白い哲学を持っています。
「知りたがるな」というのがプリムストーンの鉄則の一つだ。
(p.113)
知りたがるというのは人間の本能のようなものですから、仕方ないのかもしれませんが、知ってしまって話がややこしくなるというのは、現実的によくある話ではあります。
次はカルーとイズィルという老人(バケモノですが)との会話するシーン。イズィルは歯を売りに来たのです。
「違うの、問題はね、あいつらが人間だってとこじゃないのよ。人間以下だってことなの」
(p.117)
カルーも人間じゃないのですけどね。あいつらというのは、ブリムストーンに歯を売りに来る人間を指しています。ということでこの話、バケモノだらけなんですね。化物語どころではありません。バケモノと言えば外見が異様なのですが、
「人間は美に弱い」とブリムストーンはばかにするようにいったことがある。
(p.255)
外見にこだわってどうする、ということなんでしょうね。
物語の途中から出てくるのが天使、アキヴァです。秋葉?
アキヴァは立場上カルーの敵です。立場もなにも、最初はポータルというキメラの拠点を焼き討ちしています。完全に敵対行為です。しかしなぜかカルーに好意的につきまといます。どうして焼き討ちをするのかカルーが訊ねるのですが、
「戦争を終わらせるためだ」
「戦争? 戦争なんてあるの?」
「そうだよ、カルー。戦争しかない」
(p.264)
天使と化物はずっと戦争をしているのです。話の中では天使をセラフ、化物をキメラと呼んでいます。セラフとキメラは戦っていますが、アキヴァはマドリガルというキメラに恋をします。もちろん周囲が認めるわけがありません。
マドリガルは希望を持てといいます。
マドリガルは肩をすくめた。「希望かしら? 希望には強い力があるから。実際には魔法はないのだけれど、なにをいちばんの希望にするべきなのかがわかっていて、その希望を明かりのように胸に灯していれば、事を起こせるかもしれない。それってほとんど魔法みたいなものでしょ」
(p.376)
この話では「願い事」と「希望」を明確に区別しています。
願い事はまやかし。希望は本物だ。
(p.191)
希望の方がグレードが上なんですね。ロミオとジュリエットどころではない、天使と悪魔が和解というのはどう考えても有り得ません。マドリガルですら、
マドリガルは、幼い頃からセラフを憎んできたので、セラフに自分たちと同じように人生があるなどと考えたことはなかった。
(p.466)
それがなぜセラフのアキヴァと恋に落ちるのか謎なのですが、とにかくこの恋は悲劇的に終わります。そしてカルーの話につながっていくのですが、これもまたとんでもない悲惨なところで終わってしまいます。といいたいところですが、
「物語は終わらない。世界はまだ待っているのよ」
(p.492)
何を待っているのか、というところですね。この話は次作に続く伏線となっているのです。
ところで、セラフはキメラに対して圧倒的な強さを誇っているのですが、キメラはセラフの図書館を焼くことで魔術の知識を失わせ、かなり挽回することに成功します。セラフはこのとき情報を一か所に集めていました。
だからマギたちは知識を抱えこみ、自分たちのいうことをきく弟子しか取らず、その弟子を手元に置いていた。それが最初の誤りだった。力をひと所に集めておいたということが
(p.523)
分散させておけば一気に全て失うことはありません。クラウドにしておくべきでしたね。
最後に一言、意味深な言葉を紹介しておきます。
悪を前にして誠実でいられるというのは、強さのなせる技だ
(p.526)
煙と骨の魔法少女
レイニ・テイラー 著
ユーコ ラビット イラスト
桑原 洋子 翻訳
ハヤカワ文庫
ISBN: 978-4150205591