Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

バカの壁 (5)

さらに「バカの壁」の話は続きます。これはもう、万里の長城のような壁であります。

今日のテーマはまず、人間とは何ぞや、という話です。

基本的に人間は学習するロボットだ
(p.94)

まあそうですね。もう一つ蛇足するなら、私見としてはその学習機能には欠陥がある。エラーが発生する。それが人類が進化するための要因だと思っています。ていうか、そもそも、学習するロボットが人間を模倣している、という方向が正しいような気がしますが。

さて、本を読むときのことを想像してください。知らなかったことが書いてあることも結構あると思います。あるいは、自分の思っていたことと違う内容が出てくることもあります。基本的に、そのような矛盾が発生したときは、ひとまず本が正しいと考えるのが普通の人の感覚です。教科書に書いてあることは正しい。誰だってそう思います。

長い経験を経た今であれば、「これは本の方が間違っていて、自分の目が正しいのではないか」という可能性も考えることが出来る。
(p.97)

初心者レベルの知識しかないと、間違ったことが書いてあってもそれが間違っているという判断はできません。もちろん、ある程度の論理的思考力が固まってきたら、これは論理的にヘンではないかと気付くこともあります。

本を疑いながら読めるようになるには、かなりの熟練が必要です。本を読むときは、普通、それが正しいという仮想世界に没頭してしまうからです。その呪縛を外すのはかなりのエネルギーが必要です。ていうか、コツみたいなものかもしれませんけど。

さて、また話題が変わりますが、V.E.フランクルさんについての話が出てきます。

彼は収容所での体験を書いた『夜と霧』(みすず書房)や、『意味への意志』『〈生きる意味〉を求めて』(春秋社)など、多数の著作を残している。
(p.109)

以前このブログで「夜と霧」を紹介していますが、実はこの本は「バカの壁」に出てきたので読んでみたわけです。

フランクルさんは、どんな場面であっても人生には意味があるという考えています。収容所という極限状態から生還したのですから当然のことだとは思いますが、そのような場面を体験しないと「人生には意味がある」と強く自覚できないのだとしたら、人生とは皮肉なものです。死に際にやっと気が付く、という話もよく聞きますよね。あれもやりたかったとか、これもとか。

(つづく)


バカの壁
養老 孟司 著
新潮新書
ISBN: 978-4106100031