Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

十牛禅図―般若心経の「空」の心を知るための絵物語

禅の世界では有名な十牛図、これをざっくり解説した本です。著者は松原哲明さん。表紙には

般若心経の「空の心」を知るための絵物語

と書いてあるのですが、その発想は初めて知りました。私は純粋に禅の本の中でしか十牛図を見たことがなかったのです。もっとも、般若心経も禅も確かに言っていることはそう変わらない。と偉そうに言えるほど禅を知っているわけではないのですが。

内容は本当にざっくりなので、何も知らない人が「それなに?」という感じで読むのならいいと思います。禅をかじったつもりになっている人だと、ちょっと物足りないのではないでしょうか。構成としては、まず図を紹介して、その次に図に付いている「序」と「頌」についてやや細かく解説します。最後に、それぞれの図に対して、その心は何か、という説明が出てきます。おそらく、初心者の方は、この最後のところ、p.74からを先に読むのが、コラムを読む感じなのでいいと思います。

説明は初心者向けで丁寧です。ただ、個人的には、それちょっと違うという感じの内容もありますが、みんな違ってみんないい、ということなのでしょう。

まず、第一「尋牛」では、現代人の心について。

現代の社会では、そういう心の持ちようを誰も習っていない。清浄心という牛を自分の中に持っているってことを習えないんです。
(p.85)

道徳や倫理で「どうあるべき」的な規範は教わりますが、どんな心になれ、のような指導はしないし、むしろ指導すべきことではないと考えているのではないでしょうか。思想は自由ですから。しかし、自由とはいえ、持つべき姿がないわけでもないのです。

心の持ちようを教えてもらうには、心の師匠に学べばいいのですが、第二「見跡」には、次のように指摘されています。

日常生活においては心の先生を持つのは、なかなか難しい。
(p.94)

日本のように宗教と生活の関係が微妙な環境では、確かに難しい。お寺のお坊さんが一番の適役なのかもしれませんが、今時、わざわざお寺に行って説法を聞く人も珍しいでしょう。私は教会に通っていたことがあったので、そこでいろいろ心の持ちようを学びました。学校の先生に学ぶというのもアリだと思いますが、今の学校の先生は叱ってくれないといいますから、期待できそうにありません。禅の世界では、いきなり棒でぶん殴られるとか普通にありますが、それで悟りを開けるのなら安いものです。殴るのは体罰なので禁止、ということになると悟りを開けない弟子が不幸です。ま、殴れば悟れるのかというと、そうでもないのですが。

第三「見牛」では、見牛というのは悟りだという説明の後、悟るとどうなるのか。

何も変わんないんです。
(p.106)

これは生活が変わらないという話で、心の中が変わっているわけです。簡単にいえば「分かる」ということです。とはいっても私は見牛の時点ではまだ悟っていないような感覚なんですけどね。

例えば、お茶の稽古のときに、きちんと習っていないのに、形を崩すのはよくない。それを滅茶苦茶っていうんです。
(p.107)

滅茶苦茶というのはそういう意味だったのか。腑に落ちました。で、

道理をある程度まで判ったら、形を崩してもかまわない。
(p.107)

分かってて自由にやるのはokなんですね。どこが違うかというのは、外から見ていても分からないかもしれません。

見牛から、もう一言。

何も迷わずに成長してしまうのが、一番怖いんですよ。
(p.114)

それは確かにそうだと思いました。次に第四「得牛」では、

絶対に離さないでいようと思うと、牛は逃げてしまいます。
(p.122)

大切にしまっておくと無くしてしまう、ということもありますね。離さないことを意識すると離れてしまう。捕まえようとすると鯉が逃げてしまうというシーンがカムイ外伝に出てきます。鯉を捕まえるには鯉と一体にならないといけない。

悟ったときの感覚について、

でも、その感覚は本当に悟ったとき、その本人にしか判らないのです。
(p.135)

一休さんはカラスがカァと鳴いたのを聞いて悟ったのでしたっけ。今の東京はカラスがたくさんいるので、物凄く悟れそうな気がします。そういえば、普段は鳴きながら飛んでいるカラスを見たりするのですが、今日は黙って飛んでいるステルスカラスに遭遇しました。鳴いてくれないと悟れません。

一つ飛んで、第六「騎牛帰家」

「迷わない」って決めたら、それを実践しなくちゃいけないんです。
(p.153)

ここで「迷わない」なんて考えたらそれは迷っていることになるのでNGなんですよね。だって、迷わない人は「迷わない」なんてわざわざ考えないでしょう。

不惑といえば四十ですが、

このころになると、社会的にはそこそこ偉い状態が続いているわけです。ぼくなんかにも言えることなんですけど、偉い状態が長く続くと、頑固になる。他人の言うことを聞かなくなるんです。
(p.157)

それで本当に悟っている状態なのか、というのはちょっと疑惑を感じます。

また一つ飛ばして、第八「人牛俱忘」では、松原さんが7回入院したという話が出てきます。その時には難しい本でも読もうと考えたそうですが、

難しい本ばかりを選んだから、読んでいると寝ちゃうんです。
(p.166)

これは確かに悟ったという感じがしますね。寝るときは寝るがよく候。


十牛禅図―般若心経の「空」の心を知るための絵物語
松原 哲明 著
主婦の友社
ISBN: 978-4072472033