Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

パイナツプリン

お盆頃に電車で読んでいた本です。吉本ばななさんの、パイナツプリン。エッセイ集、たくさんネタが綴られた雑談、という感じの本です。電車の中でこのブログ用の原稿も書いていたのだけど、pc移行の都合で発表が今日になりました。

これも若い頃【謎】に読んだ一冊なのですが、内容が完璧に忘却の彼方にぶっ飛んでいるのには驚きでした。大抵の本は、多少は何か印象的なところが頭に残っているものなのですが、もしかしたらこの本は全部印象的なので逆に印象に残らなかったのではないかと。

バナナのネタなんて記憶に残りそうな気もしますけど(笑)。例えばバナナです。

あんなに大きく変なものがこの世にあるなんてそれだけで嬉しい。
(p.14)

「大きく変なもの」というのはバナナのことなんです。変なのがいいという感覚はありがちかもしれませんが、表立って言うのはちょっと厳しい感覚です。

吉本さんの「言葉」に対する感覚は独特です。

日常では言葉はいつも人か良いものをうばってばかりいるが、紙の上ではちがうので、私は言葉を信じている。そして、言葉で表現される他のすべてを信じたい。
(p.20)

日本には言霊信仰という魔法もありますが、それに近いですかね。言葉と現実との対応はソシュールの哲学とかヴィトゲンシュタインとか参考になりそうですが、言葉にすることで現実になる、というのもある意味哲学だと思います。

知らないものは知らない、という例として、これも面白いです。

それに私は、年金は自分で払いにいくもの、ということを酒井に聞いて初めて知ってしまった。
(p.39)

酒井というのは人名ですが誰だっけ。もちろん酒井さんですけど。私の知っている酒井さんじゃないよね。蛇足しますと、サラリーマンの場合は年金は給料から勝手に払われているので、自分で払う必要はありません。自営業だと自分で払わないと受給資格が得られないというエグい仕組みになっています。年金なんて表現をするから紛らわしいのであって、「税金」と言えば払う人も増えるような気がします。酒井さんネタとしては、

「酒井のこと」の一節。

「彼女の家は真夏、西陽が入って、階下はラーメン屋なので、地獄のように熱くなるのだ。
(p.40)

吉本さんはご存命なのでまだ地獄に行ったことはないはずなのだが、と思いつつ、そういえば私が昔仕事をしていたタコ部屋は、下がラーメン屋だったり中華だったりしたので、我ながら何となくよく分かります。記憶的には、熱さよりも匂いが大変でした。もっとも、あの世界はラーメン大好きな人なら天国かもしれません。

もうすぐアニメ映画が公開される「君の膵臓を食べたい」も、テーマは「死」なんですが、

でも、そこで「死にたくなる」と「本当に死んじゃう」のは大々違いだ。
(p.47)

死にたいというのは生きたいということだ、と言ったのは誰でしたっけ。確かに、本気で死ぬつもりの人は「死にたい」とは言いません。日本人の死に対する心構えというのも世界的には一種独特かもしれませんが、ハラキリとか神風というのは他国人には理解できないとか。

幸福論についても面白い話が出てきます。あらゆるネタについて、吉本さんはちょっとズレているというか、世間の同意が得られる範囲で最大の誤差を維持しているような気がするわけですが、

幸福とかそういうものは、本当に卵のようなものだと思う。大切だからといってきつくつかむと割れてしまうし、そっと扱いすぎても気がはってかえって負担になる。
(p.53)

卵が出てくるというのがリアルでいい。幸福論であれば、いつかどこかに書いた記憶がありますけど、テーブルを拭く程度の差しかないというのが持論なので、いろいろ言いたいこともありますが、

不幸、というのはすべてほとんど、バランスの不在からやって来る。
(p.53)

この「バランス」という言葉も面白いと思いました。共感できる感覚です。人間はなべて相対的にできていますから。

今現在幸せでしょうがないと実感したの、はじめてかもしれないなあ
(p.56)

夜道で皆で仲間の家に向かう途中でお稲荷さんをもらった、その瞬間が幸せだというのですが、本当の幸せというのは確かにそんなものでしょう。宝くじで数億円当たったら幸せかというと、それが悲劇の始まりになるような人もいますよね。結局、アイスで「あたり」が出たときの方が嬉しかった、みたいな話もよくあります。

私はテクニカルライターとして技術系の記事を結構書いたりしていましたが、小説を真面目に書いたことがないので、小説の書き方はよく分かっていないし、素人レベルです。ただ、次の話は何となく分かります。

自分の小説を生きている状態にもってゆきたいと思うときには、必ずある種の精神状態をくぐり抜けなくてはいけない。たとえるならそれは、真夜中にお墓にひとりで行って、証拠に石を1つ持ってこい、と言われるような感じだ。
(p.69)

プログラミングも似たような要素があります。ハイにならないと書けない種類のプログラムがあるのです。

話は変わりますが、手塚治虫さんのマンガに対して。

その物語は、子供にとっては嫌悪を覚えるくらいリアルなものばかりであった。
(p.114)

個人的には手塚さんのマンガで一番印象に残っているのは火の鳥でもブラックジャックでもなくて「上を下へのジレッタ」なんです。それもストーリーとかじゃなくて、寿司屋でエビを食べるシーンです。これは本当に驚愕でした。エビのネタだけを皿に並べてもらって食うというのは、死ぬまでに一度やってみたいと思いつつ、まだ未体験ゾーンです。手塚さんのマンガで妄想系って、他に何かありましたっけ。

地球がとっても「水っぽい」のにびっくりした。
(p.117)

個人的には、水はともかくとして、大気・空気というのが宇宙にどんどん逃げていかないことに違和感があります。飛行機から眼下の雲を見ると一定の高さで漂っていたりするとき、何か不思議な感覚がします。

最初に、全部印象的なので印象に残らなかったのでは、という話を書きましたが、こういう話も出てきます。

あまり当たっていると、「なるほど」とか思ってかえって忘れてしまう
(p.130)

これ、銀座なのになぜか「原宿の母」に占ってもらうという話なんですが、確かに全部当たってしまったらインパクトに欠けるという気はします。

タクシーに乗ったらとんでもないことに…、というネタ。

運転手の人は「東京へ来て3日目なんですよ!」と言いながら、思いっ切り道をかんちがいしてくれて、
(p.137)

プロはそういうことを言ってはいけないと思うんですけどね。3日目だろうと免罪符にはなりません。

カレーの話も常識的なのに、なかなか思いつかない視点なのが面白い。

大きな水さしにレモンの輪切りが浮かんだ冷たいお水がなみなみに入っているのがどん! と出てきていくらでも飲めること……
(p.146)

トップスというカレー店のいいところ、なのだが、なぜこれがいいのかというと「お水ください」と言わなくてもいくらでも水が飲めるから…らしいです。吉本ばななさんはカレーが好きなのだが辛いのはイヤなのだとか。だったら水は飲まない方がいいと思います。水を飲むと辛さでマヒした舌がリセットされて、辛さがまた最初に戻ってしまうはずです。しかし、確かによくある話ですが、水差しにレモンが入っているのはなぜなんでしょうか。

次の話は分からない。

これが、脱けるのなんの! すごいの。強力なの。夢のようよ。そして、痛いのなんの! 足がヒリヒリしていなばの白ウサギのようよ。でも、なれるとそれがけっこう気持ちいい。
(p.153)

ていうか、これ、エピレディという脱毛器の話なんですけど、記憶にないです。今もあるのかな。

最後に一言。

かの有名なKバー
(p.160)

神谷バーですね。私も長いこと行ってません。まだ同じ場所にあるはずです。


パイナツプリン
吉本ばなな
角川文庫
ISBN: 4-04-180002-1