Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

アドリア海の復讐 (2)

昨日書いたところなのに自分では既にどこまで書いたか分からなくなった「アドリア海の復讐」。モチーフとなった岩窟王はかなりの人が読んでいるような気がするのだが、気がするだけで何の保証もない。しかもアドリア海はあまり読まれていないような気がするが、これも保証はない。そこで、ググってみると、

"モンテ" "クリスト伯" 約 302,000 件
"岩窟王" 約 176,000件
"アドリア海の復讐" 約 2,020件

これ位の差があるから、あたらずとも外れず【謎】のような気がしないこともない。

この小説、悪い奴はそこそこ悪いのだけど、いい人がとんでもなく善人で、とにかくお金を欲しがらないのが奇妙だ。

先生、わたくしはあのお金を使う権利があるとは思えませんでしたの。
(p.275)

これを言ったのはバートリ夫人。処刑されたバートリ教授の未亡人だ。使う権利がないお金を勝手にに使うという人が大勢いる実社会に比べると、これは明らかに異様だ。小説だからで済む話なのかもしれないが。

これに対してダークサイドの人達はもちろん汚いことをして金を分捕るわけだが、そこで板ばさみになるのがトロンタル夫人。密告した銀行家の妻である。この人はメンタルが弱い。

彼女は気力のない女だった。この打撃で打ち倒された彼女は、立ち上がることができなかった。
(p.334)

たまたまバートリ夫人がトロンタル夫人の住んでいる町、ラグザに引っ越してきて、さらに良心の呵責攻撃を受ける。貧困生活をしているバートリ夫人に援助しようとしても拒絶される。バートリ夫人は何もしらずに効果的な精神攻撃をしているのだ。

バートリ夫人の息子はピエール。ピエールはトロンタルの娘、サヴァとラブラブなのだが、悪人サルカニーはサヴァと強引に結婚してサヴァの財産を横取りしようと企んでいるからピエールが面白くない。ということでピエールを刺殺しようとする。刺すことは刺したがまだ死んでいない、瀕死のピエールが横になっているところに都合よくアンテキルト博士が現れた。

博士はピエールの上にかがみこむと、ひとことも発せず、注意をこめてピエールを診察した。それから、彼は犯しがたいほどに動かなくなって、ピエールを凝視した。
(p.349)

目からビームみたいなのが出てピエールは死んだように動かなくなる。実はこれが仮死状態で後で墓から掘り出して生き返らせるというのは棺おけに入って逃げ出すジャン・バルジャンみたいな話だが、眼力で眠らせるなんておかしいという疑問を抱いてはいけない。なぜならこの作品はSFだからだ。誰がどう言おうが巨匠ヴェルヌが書いたらそれはSFに決まっているのだ。

さて、上巻は第二部とともにこんな感じで終わるのだが、最後にとんがりペスカードが税関吏を買収するところが面白いので紹介する。

「現金で二〇フローリンとこの旦那の拳骨と…これもいますぐさしあげますがね、どちらかあなたに選んでいただきたいと思っている者なんですがね」
(p.362)

横には大山マティフーが立っている。まさにアメと鞭。こんな鞭が欲しい奴はよほどのドMでもいない。20フローリンというのがよく分からないが、お祭り騒ぎのときに二人が42フローリンを稼いで10日間食えるという描写があった。大山マティフーは1人で4人前食うから、5人が10日食える程度の金額なのだ。20フローリンはその半分、5人が5日食える程度ということになるだろう。1人だと25日食える勘定になるから、見逃す程度の賄賂にしては魅力的な金額かもしれない。

そして第三部。瀕死のピエールは博士の船の中でなんとか回復し、実はサンドルフ伯爵だよ~ん、とカミングアウト。この時に伯爵がどうやって大金持ちになったかという話が語られる。余命数か月という大富豪を近代医学で治してやるのだ。そこで大金をせしめるのか、と思ったらとんでもない。大富豪は財産の半分を与えるというのだが、

彼がお礼をしたいと言ったとき、私は正当と思った代金しか受け取ることを承知しなかった。
(p.40)

意外と無欲? しかしこの大富豪が3年後に事故で死んだときに遺書を開けてみると、全財産をアンテキルト博士に与えるように書いてあったというシナリオ。ソコまで見切っていたのなら凄いが、普通に病気を治して大金を受け取るのは、善人は金を欲しがらないというルールに反するので少し捻ったのであろう。受け取った金額は5000万フローリンというから、1人だと6250万日食えるお金だ。わけがわからない。

博士はトロンタルが密告者であることをピエールに話す。ピエールは相思相愛の相手が密告者の娘であることを知って驚愕することになる。人間関係のベクトルはちょっと違うが、モンテ・クリスト伯でアルベールがモンテ・クリスト伯と決闘するシーンを思い出させる。

ピエールの相手のサヴァは、サルカニーと無理やり結婚させられる段取りになっているが、ピエールが死んだと思ったときに倒れてしまい延期、サヴァが回復したら今度はサヴァの母、トロンタル夫人が病気になり、しかも死んでしまうのでさらに延期。喪中は結婚できない。ただしトロンタル夫人は死ぬ間際に「いい土地だから進めて」じゃなくて、

あなたはわたしの子ではありません!……あなたのおとうさまは…
(p.60)

と言ったところで息絶える。おとうさまが誰だかわからない。しかし、これでサヴァはサバサバとした気持ちで結婚を拒絶する気分になる。

あなたはわたしの父じゃありませんわ。わたしの名前はサヴァ・トロンタルじゃありません!
(p.68)

父親ならともかく他人の薦める相手と結婚する筋合いはない。かといって家出して勝手に暮らすわけにはいかないし、結局軟禁されてしまう。ピエールの母のバートリー夫人は発狂するし、博士の乗った船は嵐の海の上、座礁寸前だし、どんどん状況が悪くなる。

この船を助けたのが通りすがり【謎】のただの漁師。だが名前はリュイジ・フェラートと名乗る。つまりサンドルフ伯爵をかくまった漁師の息子だった。なんというご都合主義。とりあえず、これで恩を返すというサンドルフ伯爵のミッションは1つクリアされる。

さて、サルカニーに復讐するという博士のメインミッションは、重要人物が軒並み行方不明になって探すしかないという余計なオプションが付いてしまった。そこでいろいろ作戦を練るのだが、罠にハメたつもりがハマったりしてバトルが盛り上がる。ツィローネ一味とのバトルは何とか切り抜けたが、いまいち成果が得られないまま第四部へ。

こんな感じで次から次へと新しいシーンが出てきて、結局は冒険譚だという評が巻末の北上次郎さんの解説にも出てくるけど、確かに冒険要素は永遠のベストセラーとなるためには重要なのかもしれない。あと、バトルも重要。勝てそうにない勝負に勝つという意外性を読者は期待するのだ。

第四部はサヴァ奪還メインの話だが、漁師を警察に売ったカルペナがまた出てくる。しかし何の役にもたたずに捨て駒のように死んでしまうからさらっとスルーするとして、その後のサルカニーとトロンタルのギャンブルが面白い。アカギやカイジの世界まで至ればさらに面白そうだが、この二人の浅知恵では破滅するしかない。

金を賭けたのは三十・四十(Trente et Quarante) というゲーム。ザックリいえば、赤と黒に分かれて、カードを引いていく。どちらも30を超えたら引くのを止める。数字が少ない色の勝ち。ま、バクチっぽいバクチといったところだ。

そうだ…赤が十七回勝ったのだ
(p.212)

ギャンブラーは同じ色が何度も勝つわけがないと考える傾向がある。いくら何でも10回連続で赤が出たら、次も赤になるわけがない。だから黒に大金を賭ける。そうやってハマっていく。40万フランも損したというのだが、

四一万三〇〇〇と言いなさい
(p.214)

こう訂正したのはサルカニー。偽会計士だけある。そして40万フラン損したというのはトロンタルだ。この時点で残った197,000フランもそのうち消えることになるが、このギャンブルをこっそり見張っているのがとんがりペスカードだ。持ち金を全部失って半狂乱になって外に飛び出したトロンタルは何とか確保するが、サルカニーには逃げられてしまう。銀行家が捕まるというのはモンテ・クリスト伯に出てくるダングラールの最後のシーンを思い出す。もしかして人物対応表とかどこかにあるのかな。

さて、トロンタルは口を割らない。そんなこんなでゴタゴタしているところに、ピエールの母親と一緒に暮らしているポリクからの悲痛な手紙が来る。そこで博士とピエールは母親に会いにいき、母親は正気を取り戻す。SFだからいいのだが、そういうことは本当にあるのかな、というのは少し気になった。これで状況が急変して、暴力的にトロンタルの口を割らせることになる。だったら最初から拷問すれば、というのはSFには似合わないですよね。このあたりはモンテ・クリスト伯食事拷問に軍配が上がりそうだ。

最後のクライマックスはこうのとりの祭り…でいいのかな。その後にも大バトルがあるのだが、個人的にはこのお祭り騒ぎのサヴァ救出劇がクライマックスだと感じた。数多の困難を乗り越えてあとは尖塔まで上がってロープで下りればいいだけ、なのだが見張りに見つかってしまう。サヴァは無謀にも尖塔から飛び降りる。たまたま下にいたのが大山マティフーで、サヴァを受け止めたから何も問題なかったが、追いかけてきた女は同じように飛び降りたが誰も受け止めてくれなかったから、

彼女は地べたでぐしゃぐしゃにつぶれていた。
(p.350)

なむなむ。

後はサルカニーを捕まえてギャフンといわせれば話はおしまい。だいたい収まるところに収まって大団円となる。悪いことはするもんじゃない、というオチでよさそうだ。

 

アドリア海の復讐〈下〉
ジュール ヴェルヌ 著
金子 博 翻訳
集英社文庫
ISBN: 978-4087602203