今日は10日の「知的戦闘力を高める 独学の技法」の続き。「君たちは」と同時進行でだんだん分からなくなってきたが、実は並行しているのがあと2冊あるので実情はもっとややこしいのである。
今回は、メモを取れというところから。メモはアイデアを永続化するためのもの。単に書くだけではダメで、こんな小見出しが付いている。
自分らしい「問い」を持つ
(p.152)
どのようなメモがいいのかは、著者が例を出してくれている。
イギリスはどうして良質なファンタジーを次々に生み出すのだろうか?
(p.152)
このように書いたメモから一体どのように思考が展開していくのか、そこまでちゃんと教えてくれる。
インプット ロンドンオリンピックの開会式のメアリー・ポピンズ
抽象化① 英国は良質なファンタジーを継続的に生み出す国
抽象化② ファンタジーによってリアリティーとのバランスが成立している
抽象化③ 何か極端なものがある場合、背後には真逆の極端なものがある
構造化① たとえば中国における孔子的思想と、その真逆の韓非子的思想の両立
(p.154)
これがどのようなビジネスのヒントになるのかは謎だけど、逆に何にでも役立つような気もしてくる。このような発想の流れがあるというのがポイントなのだろう。ここで重要なのは間違いなく、メモを取ることよりも、このような流れの考え方ができるかどうかだろう。
私だってメモは取りまくるので、いろんなメモがある。例えばこんなのがあった。
「お正月に(風邪を)移そう、フジカラー?」
今年の1月6日に書いたらしいのだが、ここからどのように発想を抽象化すればビジネスに活かせるのか微塵も想像できない。
こんなのもある。次のは疑問だけメモったもので、
「新幹線のキレツ あと3cmはどの位持つのか そもそも、このヒビはいつから? なぜ異臭が?」
昨年12月に新幹線が台車に亀裂が入ったまま走ってしまったというニュースがあったときのメモ、だと思うが、このメモを見て明らかに分かるのは、亀裂という漢字がちゃんと書けないということだけだ。
いずれにしても、注目したいのはやはり抽象化である。オブジェクト指向には慣れているので抽象クラスを作るのは得意だが、何にせよ抽象化すればよく見えてくるものかというと、そうでもないから怖い。とはいえ、抽象化しておかないと、一つのアイデアを多々なケースに適用することはできない。
そういえば、この本のキーワードは知的戦闘力だった。
そもそも「知的戦闘力が上がる」というのは、どういうことなのでしょうか? 一言でいえば「意思決定の質が上がる」ということです。
(p.167)
ざっくりいえば正しい方向の判断力のことだろう。正誤では評価できない問題もあるから「正しい」には語弊があるかもしれないが。FAQの「なぜ勉強するの?」という問いに対する回答として「正しく判断できる人間になるため」というのは説得力があると思う。そのためにも、
学んだ知識を抽象化し、その知識を文脈から切り離しても成立する「公理系」に仕立てる必要がある
(p.168)
ということになる。判断するためには、それを適用するパターンが必要なのである。
しかし、今の学校教育は、知識をそのままインプットすることに終始し、抽象化したり、そこから別の世界の判断に使うような方向の訓練は、あまりしていないのではないか。だから「学校で勉強したことは社会に出たら役に立たない」というような意見が出てくるのだ。
知識を抽象化するための、少し抽象的なメソッドも紹介されている。次の質問について答えるのがいい。
①得られた知識は何か?
②その知識の何が面白いのか?
③その知識を他の分野に当てはめるとしたら、どのような示唆や洞察があるか?
(p.174)
面白いのか、という問い掛けに注目したい。面白くない知識は面白くない。そのような出発点から知識を役立てるのは難しいような気がする。
第四章は「創造性を高める知的生産システム」。抽象化されたタイトルが流石だが、これではどのように使えるノウハウなのかよく分からない。そこでまた事例が出てくる。企業のトップがコンプライアンス違反をしたという案件に対して、
過去の長い歴史を振り返ったとき、人類が「権力者の暴走をいかにして防止するか」という論点についてどのような取り組みをしてきたかを振り返り、そこから示唆を得る
(p.183)
このようなアプローチを取ることにしたという。物凄く遠いところにヒントを得ようとしているような気もするが、過去の事例として歴史を参考にするのは常套手段だ。
次に出てくるキーワードが「常識の相対化」だ。クレイトン・クリステンセンの言葉を引いて、イノベーターの共通する特徴を、
誰もが当たり前だと思っていることについて「Why?」を投げかけることができる
(p.187)
と紹介している。ジョブズもそうだよねという話も出てくる。そのココロはというと、
「見送っていい常識」と「疑うべき常識」」を見極める選球眼を持つ
(p.188)
このように解いている。そのためには厚いストックが必要だというのだが、個人的にはちょっとここに違和感がある。というのは、Why という裏には必ずロジックがあると思うからだ。「何故」を知ることは、論理的な結合を理解したい、合理的説明を知りたいというところから来ているのではないか。理というのは最も重要な要素である。どんな抽象パターンであれ、理に適ってなければ当てはめたところで正しい Answer は出てこないだろう。常識は一般的には合理的と考えられているが、非常識な常識だってたくさんあるのだ。
(つづく)
知的戦闘力を高める 独学の技法
山口 周 著
ダイヤモンド社
ISBN: 978-4478103395