Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

猫の話をそのうちに

売れないミュージシャンの野崎が有名なミュージシャンの黒沢に叩かれながら業界を微妙に生き延びていく話。

個人的には音楽業界なんか全然分からないけど結構リアルな感じがする。出てくるエピソードとか小ネタが案外リアルだからかな。例えば、

「あ、周ちゃんあの子すごく可愛い」
(p.56)

誰のことかというと、神宮球場でビールを売っている売り子の女の子のこと。周ちゃんというのは野崎のことで、このセリフを言ってるのは麻由子という同じ大学出身の女性。どういう関係か説明するのが面倒すぎる関係なので説明しないけど、しかし考えてみれば私は長年のヤクルトファンなのに神宮球場には一度も行ったことないじゃないか。でも売り子さんが可愛いという噂は何故か知っているのだ。ちなみに黒沢は野崎のことを「シューサン」と呼んでいるのだが、これは「周さん」ではなくて「週3」なのが面白い。ナニが週3かは読めば分かるからおいといて、

話を戻すと【どこに】、黒沢というのが一筋縄ではいかない人。

無駄に時間を過ごすのは好きだけど、時間を無駄にするのは嫌い
(p.108)

なんて言う位で、そうとう面倒くさい。これちょっとイイコトみたいな気もしたけど、だったら無駄に時間過ごすなと言いたくなってきた。この黒沢の歌詞を書くコツが、ちょっと自分的にひっかかった。

詞は誰かに向けて書く
(p.125)

なるほど、ふむふむ。って感じがする。プロってそういうものなのかな。そう言われてみれば、私の場合は逆に「誰かに」というのがあまり意識できていないような気がするなぁ。このブログだってそうだけど。プログラマーの場合、コンピュータに向けて書いていることでいいのかな。

作詞もアレだけど、野崎が作曲に苦労するシーンで、

たまに鼻歌で新しいメロディーが浮かんできたりしたが、歌い直してみるとそれは昔聴いたイギリスのバンドの曲とほぼ同じ展開だったりした。
(p.73)

こういうことも滅多にない。むしろ、曲を作っているときに、ここはあの曲と似ているから変えよう、変えなくては、みたいな感じになることが普通によくある。関係ないが、最近とあるフレーズが頭に浮かんできて、何という曲か思い出せなくてすごく悩んだことがあった。30分か1時間か、それ位考えないと出てこなかった。結局それは Coldplay さんの歌のリフだったのだ。

まあ気軽に読んでみて何か後に残るような感じの小説だと思う。いろいろ悲劇的なエピソードも厳しい話も出てくるけど、黒沢のこの言葉、

「俺たちはミュージシャンだ。こういうことは、全部歌のネタだ。いつか、全部書かなくちゃね。とっておきのネタなんだから」
(p.182)

私はミュージシャンでも小説家でもないが、とっておきのネタは案外あるような気がした。死ぬまでとっておきそう。あ、そうそう、書き忘れていたが、この小説、猫の話は殆ど出てきません。「猫の話をそのうちに」というタイトルは、小説の最後の方でネクストマンデイという野崎の一人バンドがリリースする「どうでもいい歌」というアルバムの9番目の歌のタイトルにもなっている。


猫の話をそのうちに
松久 淳 著
小学館
ISBN: 978-4093864862