Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

君の彼方、見えない星

SF。宇宙船で事故発生。宇宙飛行士は2名、女性のカリスと男性のマックスは恋人同士だが、宇宙空間に放り出されて自由落下中【どこに】。残った酸素は90分で切れる。状況は最悪だ。

SFと書いたが中身はラブストーリーなのだ。ヒューヒュー、さっさと結婚してしまえばいいと思うかもしれないが、

現在の婚姻規則では、そのてのことを考えるのは三十五歳以上から、と制限されている。
(p.48)

若いうちは結婚できないとうい時代背景がある。そのベースにあるのが個人主義だ。このSFでの個人主義とは、

国家意識は持たず、宗教的対立もなく、成熟して安定するまで深刻な人間関係は、一時的なものでさえ、いっさいつくらないというのが原則だ。
(p.47)

即ち、国家や宗教という集団を捨てるという意味での個人なのである。なぜそんな極端なルールが支持された世界になっているのかというと、茶色い戦争ありました。

ビルは消え、町は消え、点々と小さな、大きな、黒い地面のえぐれがつづく。
(p.373)

えぐれた所に灰が積もっている。街が核戦争で消えてしまった。こんなことを続けていたら地球が絶滅してしまう。そこで、核戦争を回避するために原因となる条件を根本的に取り除くことを考えた、すなわち国や宗教そのものを無効にしてしまおうというのだ。直接的なアイデアだが、リアルには実現しそうな気がしない。そのあたりがSFらしくていい。それに、

「規則といっても――」カリスのささやきは風に流れた。「すべてが正しいとはがきらないわ」
(p.155)

このあたりに作者のレジスタンスを感じる。反抗心は持ちつつも世界という社会に従順なのはおかしくないのか、結局個人主義ではないのでは、というあたりのジレンマが面白い。

「規則に従うことは、わたしたちの体に染みついているの。でもそれで、いつもしあわせとはかぎらないわ」
(p.228)

これはマックスの叔母の言葉なのだが、このような抵抗感がSFだけにとどまることなく、現代社会に何かを警鐘しようとしているのだろう。問題があることは分かっている、しかし諦めている。そのような世界の中で、カリスもマックスもかなり挑戦的なキャラクターで、最後のオチがまた哲学的で、

「死後の生を信じる?」
「自分がほかの人の心に残したものを死後の生という、と何かで読んだことがある」
(p.203)

という途中のセリフがエンディングに繋がっているような気がした。ラブロマンスのようで、哲学的で、でもSFという何かヘンな話だが、ちなみにエンディングがちょっと反則(笑)だと個人的には思った。まあでもこれが今風なのかもしれないな。


君の彼方、見えない星
ケイティ カーン 著
赤尾 秀子 翻訳
六七質 イラスト
ハヤカワ文庫SF
ISBN: 978-4150121532