Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

殺人鬼フジコの衝動

ミステリー。この作品は、個人的にはいまいち分からないところがあって、あまり評価できない。出てくる殺人鬼にリアリティが感じられないのである。小説にリアルを求めてどうするという意見もあるかもしれないが、まあ、それはその通りだ。ちなみに、こういうシーンはリアルなのだろうか。

体操着の他にも、笛、絵の具、習字道具などを共有していたわたしたちは、しょっちゅう、互いの教室を行き来していた。
(p.18)

今は給食費が払えなくてもスマホが持てて映画やコンサートに行ける奇妙な世の中のはずだし、今時そんな家庭が実在すのかどうかは知らないけど、昔はあったなぁ。そういう所はリアルなんだけど。

何故リアルでないという違和感があるのかよく分からない。もしかしたら主人公の性格がひっかかるのかもしれない。フジコは基本的に周囲に合わせるタイプ。転校生が女子のグループに入れてもらう場面は定番のシナリオだが、フジコの場合、最終的に親にウソをついてお金をもらって貢ぐところまで行ってしまう。そこは迎合しすぎという印象だ。しかし、もしそれをリアルとするのなら、殺人鬼として自分勝手な理由でどんどん殺していくという性格の変わりようが分からない。統一性がない。二重人格的な解釈はあり得るのかもしれないが、猛烈なギャップがあるのかというと、そこもよく分からない。

ただ、このことは「あとがき」に説明が出ている。ちなみにこの「あとがき」は普通の「あとがき」ではなく、小説の一部を構成している。

つまり、その場その場の空気に従って振舞うことができる高度な適応力を持ち合わせていながら、自分というものをまったく持っていないがため、いつでも仮のパーソナリティを演じ続けなければならないという傾向である。
(p.412)

もしかすると、私の読書力では、そのようなタイプの主人公に同一化することができないのかもしれない。

もちろん、先に述べたようなシーンもそうだし、マクロに見ればリアルなやりとりはいくらでも出てくる。

その煩い人。はいはいって、テキトーに聞いてればいい
(p.190)

これはバイト研修で失敗をしたバイト店員にギャーギャー言う先輩がいて、その種の言葉はテキトーに聞き流せ、というヒドい話なのだが、あるある的で、こういう所はとてもリアルな感じがする。言われたことをやらない社員とか、普通すぎて面白くも何ともないけど。AIがもう少し進化したら、そういう社員は駆逐されるだろうから、世の中はとても平和になるに違いない。

次の一言は全体の伏線なのかもしれないが、当たり前のようで意外と怖い言葉だと思った。

人間、生まれて死ぬまで正しいことだけをやってる人なんていないんだよ。
(pp.229-230)

心当たりはあるとしかいえない。曹操とかどうだろ。

ところで、この小説には時効の話が少し出てくる。

時効を過ぎれば、過去は消えるのよ
(p.360)

この小説が書かれたのは2008年だが、2010年から、殺人罪に時効は適用されなくなった。だから今は殺人という過去は消すことはできない。この問題はリアルなのかリアルでないのかよく分からないが、私の場合はむしろリアルな感じかな。これから書かれるミステリーは、殺人犯を探す側が時効で焦るというネタは使えなくなってしまったのか。

さて、この小説の背景として使われている歌、「はしがき」に出てくる、Poupée de cire, poupée de son (夢見るシャンソン人形)は 1965 年のヒット曲。歌ったフランス・ギャルさんは2018年1月7日に亡くなった。70歳。

この歌は、歌詞の内容も分からないのに恋の歌を歌う歌手を皮肉った内容なのだが、それを背景に置いたのは、フジコが本当の意味も分からずに殺人を続けることを喩えようとしたのだろうか。


殺人鬼フジコの衝動
徳間文庫
真梨幸子
ISBN: 978-4198933678