Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

五匹の子豚

今日もアガサ・クリスティです。「五匹の子豚」というのは、5人の容疑者を指しています。

タイトルの元ネタはマザーグースです。

一、この豚さんは市場行き、
二、この豚さんはおるす番、
三、この豚さんは肉を一切れもらい、
四、この豚さんはなんにもない、
五、この豚さんはウィー、ウィー、迷子になっちゃった。
(p.329)

これが小説ではそれぞれ、「この子豚はマーケットへ行った」の章のフィリップ・ブレイク、「この子豚は家にいた」の章のメレディス・ブレイク、「この子豚はロースト・ビーフを食べた」の章のエルサ・グリヤー、「この子豚は何も持っていなかった」の章のセシリア・ウイリアムズ、「この子豚は“ウィー、ウィー、ウィー”と鳴く」の章のアンジェラ・ウォレンに対応しています。どの人も一癖も二癖もあるような個性的なキャラです。

容疑者といっても、事件は16年前。随分昔に起こった事件なのです。犯人にされた人は終身刑となり1年後に死んでいます。その娘がポワロに真相究明を依頼します。16年前のことなど、誰も覚えてないような気もしますが、ポワロの言葉。

「時がたつと、不必要なことは忘れて、大事なことだけ残るものですよ」
(p.98)

確かに真犯人には忘れられないことでしょうね。しかし登場人物の皆さんは結構細かいところまでよく覚えています。ただ、その中に犯人がいるとしたら、少なくとも1人は嘘をついているはずです。

「正直のおかげでよけいな苦しみや悲しみが生まれることもありますよね」
(p.109)

これもポワロの言葉ですが、世の中には言わない方がいいことや、聞かない方がいいことがたくさんあるわけです。ポワロの出てくる話は、やはり会話が面白い。つい本当のことを言ってしまってえらいことに、という事件も結構あります。「排除」とか。

まあでも苦しみや悲しみは時間が解決してくれます。

世の中のことがつらいというのは、ちょうどそのことの起っている当時だけですよ
(p.147)

毎年が正念場【謎】という人もいますが。

ストーリーとしては、まずポワロが依頼を受けて容疑者から話を聞く。そのとき、調査した人達から、まとめた手紙を後で送ってもらうように約束します。それが後半で紹介されます。読者はそれを読んで、誰が犯人なのか考える…という本格推理小説になっているわけです。決め手になる証拠は実にうまく出てきますが、注意深く読んでいれば、そこで違和感があるかもしれません。ただ、それだけでは真犯人にはたどり着かないのではないでしょうか。奥が深いのです。

次の言葉も深いですね。

残念なことに、人の考え方を変えさせるということはめったにできないことですな。
(p.116)

確かに。人というのは自分も含まれるわけで、要注意です。最初からそれを意識していれば、まずは決め付けないで保留にするという発想に至ります。慌てて結論を出さずに、様々な可能性を頭に入れておくのです。最後シーンで、これをうまくまとめた言葉が出てきます。

世の中では、事実を、これときめてしまって、まったく疑わない、という誤りを冒すことがよくあるのです。
(p.317)


五匹の子豚
アガサ・クリスティー
桑原 千恵子 翻訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
ISBN: 978-4150700218