Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

喜連川の風 江戸出府

毎回逆順になってしまって申し訳ない。これがシリーズ最初の作品です。

【honto 電子書籍】喜連川の風 江戸出府

今回、剣もキレるし頭もキレる天野一角に与えられた仕事は、

密書を運んでもらう。
(p.52)

江戸に密書を運ぶのがミッションです。密書だけに。文庫本の表紙にも出てきますが、一角は中間管理職です。

仲居を務める一角は藩重臣らと接触する機会が多く、その内情を耳にしている。一方、下士の暮らしぶりは骨身にしみるほどわかっている。
(p.57)

まず密書の前に、下士がクーデター…とまでは行かないけど、団交しようと企んでいて、これを事前に止めさせるというミッションが与えられます。下士の不満は、不作で困っている民百姓には援助しているのに下士には何も助けがないじゃないか、という理屈なのですが、

飢饉で死んだ下士がいたか?」
(p.67)

当時は飢饉があると簡単に死んだんですよね。当時というか、明治、さらに昭和の初期までそのような時代は続きます。

さて、途中うっかりして盗まれたりする密書ですが、中にはトンデモないことが書いてあります。細川家に1万両借りてくれ、という内容です。1万両というのが今だといくらなのかよく分からないですが、今の貨幣価値にすると、

仮に一両を十万円だとすれば、一万両は単純にその一万倍だから、十億円ということになる。
(p.109)

大名の金銭感覚も分かりませんが、ホイホイと貸してくれそうな金額ではなさそうですな。

本編だけでもドタバタで大変なのですが、途中、右筆の石橋英太郎が殺人犯と疑われてしまいます。一緒にいた一角は英太郎が犯人でない証人なのですが、なぜか殺すところを見たという目撃者証言があって話がややこしくなり、一角も真犯人を調べることになります。町方の同心としては、そういう目障りなことをされては困るでしょ。北町奉行所の木村半兵衛に調べを手伝おうと提案すると、

余計なことです
(p.161)

一蹴されます。ところがその後、岡っ引きの運蔵に出会ったときに、

それでなにかわかりましたか? どうせ調べまわってるんでしょう。
(p.174)

行動パターンが読まれています。

木村のだんなは天野さんらに、余計なことはするなとおっしゃいましたが、あまり気にすることはないでしょう。あの旦那も本気でいったんじゃないんです。
(p.177)

大人の対応ですね。殺人事件だからデキる捜査員は多い方がいい。とはいえ、奉行所が他藩の藩士にあからさまに手伝えとは言えないし、何事にも表と裏があると。個人的には結構この犯人探しのミステリーが面白かったですね。

さて、一角は細川家の要人に接触して情報収集を試みます。ターゲットは細川家留守居役の橋谷勘兵衛。うまいことお茶しようと誘ってソバを奢るのに成功します。

「江戸には多くの蕎麦屋があるが、わたしはこの店のこのつゆと麺を気に入っている」
(p.206)

橋谷の言葉です。実は私、お気に入りの蕎麦屋が最近閉店になってしまったので残念なのです。そこは特に麺が気に入っていたのですが。

この話も、盗賊とのチャンバラだとか、一角が牢屋に入れられてしまったりとか、とんでもない展開がてんこもりですが、続編が出ている位なので最後はうまく片付きますから安心して読めます。


喜連川の風 江戸出府
稲葉 稔 著
角川文庫
ISBN:9784041043646