Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

ともえ

「ともえ」は巴御前巴御前だけの話かと思ったら、最初に出てくるのは松尾芭蕉である。芭蕉と出会うのは智。

「うちは巴御前はんの生まれ変わりかもしれん」
(p.8)

巴御前のステージと、智と芭蕉のステージが、並行して同時進行していく。共通点は悲運の息子。ネタバレを恐れるというよりも話がややこしくてなかなか書き辛い。そこに芭蕉が絡んできて俳句を読むからさらにややこしいが、あとがきを読むと、諸田さんはどちらかというと芭蕉に注目しているような感じがする。

芭蕉が、郷里の伊賀上野でも江戸でもなく、大津の義仲寺を永眠の地に選んだのはなぜでしょう。
(p.306)

この小説はその謎解きになっている。 個人的には芭蕉といえば幕府の隠密【謎】のイメージがあるので、何かそういう流れになるのかと期待してしまうのだが、忍者が登場して必殺技で戦うような話ではない。リアルに真面目な話である。しかし、毒殺のシーンは出てくる。このあたりは日本史的にもリアルなのだ。

背景にあるのは「秘密」とか「謎」というような概念。

ほんとうに知りたいこと以外は、見ても見えない、聞いても聞こえない。そういうものだ。ならば反対に、見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたとしても、ふしぎはないのかもしれない。
(p.34)

心理学的には、体験していないことは基本的に夢には出てこない。夢はインプットされたデータの再現だからだ。しかし、再現するときにエラーが発生することがある。結果的に見たこともないものが見える。そこに神の意志を感じるかどうかは個人の自由だ。

戦士としての巴御前のポリシーも面白い。義理の子供、駒王丸を鍛えるために兎狩りをする。逃げ損ねた兎は足を怪我して起き上がれない。巴御前はそれを射殺すのだが、駒王丸がなぜ生きているのに殺すのかと問うと、

「負傷した獣はもっと強い敵に襲われる。生きながら食われるよりはラクにしてやったほうがよい」
(p.205)

武士の情けというものか。兎は人間ではないが「生命を守ることを最優先」が当たり前と信じられている今の日本と比較してみたくなる。


ともえ
諸田玲子 著
文春文庫
ISBN: 978-4167908058

【honto 電子書籍】ともえ (著者 諸田玲子)