Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

悲恋の太刀-はぐれ長屋の用心棒(36)

今日は長屋シリーズから「慈悲の太刀」、36巻です。「神隠し」の前に紹介すればよかったかな。

オープニングは女が斬られそうになっているところに菅井が出くわすシーンです。女を守る武士は一人。相手は3人で大ピンチ。いつものパターンですね。菅井が助太刀しますが、武士の数では2対3で苦戦しているところに、見物人が菅井の味方をして石を投げたりするから、これはたまらぬ。ということで相手が退散して何とか生き延びます。

襲われていた女の名前は、ゆい。

菅井は、ドキリとした。ゆいが、若いころのおふさに似ているような気がしたのだ。
(p.18)

おふさというのは、菅井の亡き妻です。ゆいは斬られて深手ですが、長屋に連れてきて医者に見せてやり、何とか助かります。そこで源九郎は、

……どうも、菅井の様子がおかしい。
(p.28)

流石は剣の達人。僅かな気配の違い【謎】も見逃しません。さて、この女ですが、

「ゆいさまは、出羽国倉沢藩の勘定奉行であられた楢林四郎兵衛さまのお子でございます」
(p.36)

勘定奉行におまかせあれ的な。「あられた」というのは、このお奉行様、既に斬られて死んでいるのです。ゆいはその敵討ちに江戸にやってきて、敵は見つかったが返り討ちにあう所だったのですね。

ヤバい仕事なのですが、藩からも助っ人がやってきて、ゆいの助太刀をしてくれということで、百と十両という金額が提示されて、契約成立です。いつも思うのですが、ヤクザな連中ですよね、はぐれ長屋。

さて、ゆいさまは傷が直ると菅井に居合を教えて欲しいといいます。仇討ちのために腕を上げておきたいのですが、

一年や二年の稽古では、居合で敵を斬れるようにはならない。
(p.79)

そこで、ゆいさまには小太刀を教えることになります。小太刀は既にある程度身に付けているのです。当時の女性の護身術ですね。文庫本の表紙は稽古中の様子でしょうか。

今回のラスボスは津島。岩砕きというコワイ技があります。デビルカッターかな。そういえば子連れ狼に石燈籠を斬り合って勝負するシーンがあるのですが、刀で石とか岩とか本当に切れるものなのか。まあそれはそうとして、源九郎はいろいろ脳内でシミュレーションしますが、津島に勝つパターンが思いつかない。とにかく相手が速すぎるのです。

もう一人、仇討ちの相手は重里。

菅井は、重里との立ち合いを想定し、ゆいに重里の左手後方から突きをみまうことだけをやらせていた。
(p.188)

カムイ伝にも出てきますが、力がないなら突き殺すのがセオリー。急所を確実に破壊するわけです。左手後方というのは、菅井が重里と闘っているところに横から突っ込ませる作戦になります。卑怯な手ですよね(笑)。しかし、明らかに弱い者が命懸けの勝負を挑むのですから、その位のハンデはあるのが当然なのかもしれません。


悲恋の太刀-はぐれ長屋の用心棒(36)
双葉文庫
鳥羽 亮 著
ISBN: 978-4575667738

神隠し

今回は、はぐれ長屋シリーズの37話、「神隠し」。10歳位の少女が行方不明になるというヤバい事件が多発します。

沢田屋の一人娘、「きく」は十歳。突然戻ってこなくなり、神隠しではないかと騒ぎになります。要するに誘拐なのですが、犯人が身代金を要求してこないので探すにも手がかりがありません。そうしているうちに、長屋の住人の政吉の娘「およし」が行方不明になる事件が発生します。およしは十歳。政吉は源九郎に助けてくれと仕事を依頼しますが、金がない。金がないといっても長屋の仲間、断るわけにはいかないので、貧乏なりに探索を始めます。

そうしているうちに、沢田屋の松蔵がその話を耳にして、うちのきくも探してくれと依頼しに来ます。来ました金づる(笑)。50両 get した長屋の用心棒達が俄然本気を出すのですが、そんな矢先、栄造親分の手下の長吉が聞き込みの最中に殺されてしまう。何かヤバい相手に手を出したようです。

死体を見ると

男の額が縦に斬り裂かれていた。
(p.63)

壮絶な死体です。しかしこの刀傷は見覚えがない。凄腕の武士が相手にいるとしか分かりません。ただ、長吉は駕篭を調べていたということが分かった。駕篭に何かヒントがあるのか。

とりあえず長屋に帰ってみると、猪助という人が来ています。猪助は娘のお初が攫われたので、源九郎達が探しているという噂を聞き、助けを求めにやってきたのです。どんどん被害者が増えます。

「そうか。……ところで、お初は器量よしか」
(p.74)

何か本当に危ない話になってきた。犯人は美少女狙いのロリコン?

それはそうとして、猪助によれば、お初が船寄に下りていくのを見た船頭がいたといいます。駕篭と舟…謎増。しかも、元岡っ引きの孫六が駕篭の線で探りを入れていると、怪しい奴らが襲ってくる。武士っぽい奴も合流して大ピンチなのですが、何とか人通りの多いところまで逃げて九死に一生を得ます。

そこで源九郎達は罠を張ることにします。孫六と同じルートで駕篭屋に話を聞きに行って、同じ大川端を通れば、同じようにチンピラが尾けてくるんじゃないか。それを待ち伏せしたら捕まえることができるのでは。という作戦です。これがうまくハマったのですが、相手も凄腕の武士がいます。これが菅井とご対面。

「なにやつ!」
武士が鋭い声で誰何した。
「おぬしこそ、何者だ」
(p.111)

既に話が噛み合わない。とかいってるうちに源九郎がチンピラの寅吉に斬りつけた。瀕死の重傷。深手を負った寅吉は最初は黙秘しようとしますが、

いっしょにいたふたりは、おまえを見捨てて逃げた
(p.116)

てなことを言われてムカっときたのか、ベラベラと話し始める。仲間の名前は勝次郎、武士の名前は松沢勘兵衛だ。ただ、細かいことは知らないらしくて、舟に子供を乗せたというところまで喋ったのですが、どこに連れて行ったか知らない、というところで死んでしまいます。

死人に口なしなので、今度は勝次郎を拉致します。子供は舟で連れて行ったことが分かる。何で子供を誘拐したのか訊くと、

極楽を見せるためだと聞きやした
(p.175)

極楽といえば電影少女ですかね。夜通し尋問した後に、昼まで寝ていたらもう相手が勝次郎を取り返しに来た。と思ったら、何と相手チームが勝次郎を斬ってしまいます。口封じですね。何とか人海戦術で追い返した後、勝次郎を見ると虫の息。勝次郎に誘拐した子供はどこにいるのかと聞き直すと、

「ぼ、墨堤のそばの、ご、極楽……」
(p.190)

そこまで言ったところで死んでしまいます。墨堤というのは、

墨堤は、向島の大川沿いにひろがる地で、桜の名所としても知られていた。三囲(みめぐり)稲荷神社、白髭神社、桜餅で知られた長命寺などもあり、江戸市中から多くの遊山客や参詣客が訪れる。
(p.191)

今の東京スカイツリーの近く、墨田川沿いのあたりですね。この辺に極楽があるらしい。ということで現地調査に行きます。

源九郎達三人は、墨堤の桜並木をすこし歩き、三囲稲荷神社近くまで行ってから聞き込むことにした。三囲稲荷神社は、元禄のころの廃人の宝井其角が、ここで「夕立や田を三囲の神ならば」と雨乞いの句を詠み、その翌日雨が降ったという。
(p.206)

昔の俳句は雨を降らすようなパワーがあったのですね。才能アリです。

監禁場所が分かったので、町方に情報を流して御用にしてもらって一網打尽にします。ところがラスボスの松沢がいない。場所は調べて分かったので、最後の決戦に向かいます。源九郎がアジトに行くと、松沢はのんびり酒を飲んでいて、逃げる気配もない。なぜ逃げなかったのか訊いてみます。

「逃げる前にやることがあったのだ」
言いながら、松沢は傍らに置いてあった刀を引き寄せた。
「やることとは」
源九郎が訊いた。
「うぬらを斬ることだ。……ここにいれば、うぬらが顔を出す、そう思ってな。待っていたのだ」
(p.260)

さっさと逃げればいいような気がしますけどね。武士とは辛いものです。


神隠し-はぐれ長屋の用心棒(37)
鳥羽 亮 著
双葉文庫
ISBN: 978-4575667899

烈火の剣-はぐれ長屋の用心棒(29)

今日は、はぐれ長屋シリーズに戻って「烈火の剣」です。第29話です。

今回のゲストは山本という浪人と倅の松之助。ゲストといっても、半年前から長屋に暮らしています。オープニングで菅井と将棋を打っていますが、将棋も強いし、学があって。長屋の子供に読み書きを教えたりしています。

この山本と松之助が三人の武士に襲われているところを、源九郎と菅井が駆け付けます。危機一髪、二人を助けて、何で襲われたのか訊いてみると、何かモゴモゴ感がある。何か隠しているな、ということで適当に済ませておいたら、大名家の家臣っぽい武士が山本のところにやって来て、

これからもおふたりに山本父子の力になってもらいたい
(p.38)

とかいう例のパターンです。実は父子といっているが、父子ではなく伯父と子。松之助の実父は殺されていて、その敵討ちで江戸に出てきたというのです。

何か情報不足でヤバそうな感じだけど、礼金として百両出されると仕方ないです。今回の敵は柿崎藩の藩士で、富樫流を遣います。

数十年前、富樫八兵衛なる廻国修行の兵法者が柿崎藩の領内に立ち寄り、山間に住む郷土や猟師の子弟などに、剣の手解きをしたという。その後、富樫は領内の双子山と呼ばれる竣峰の中腹にある洞窟に籠って剣の工夫をして精妙を得、…
(p.63)

何か噺家の話みたいですが。源九郎達は相手の一人を捕縛して尋問することにします。そこに踏み込んだら余計な強敵がいた。これが大内。流派を聞いたら、

「富樫流だ! おれの遣う鎧斬り、受けてみよ!」
(p.92)

鎧斬りとは豪快なネーミングですが、受けて見よと豪語するような必殺技をマトモに受けたらロクなことがない。源九郎は二の太刀を避けるときに受けずに避けます。これが幸いした。

「おれの鎧斬り、よくかわしたな」
(p.94)

余計なこと言ってないでどんどん攻撃したらよさそうなものですが。鎧斬り2とか、鎧斬りfinal みたいなのはないのか。この鎧切りとはどういう技なのか、山本に訊いてみると、知っているという。

特別な技ではなく、立ち合いのおりの心の持ちようをあらわしている
(p.1129

つまり気合ですかね?

とかいってるうちに、松之助が誘拐されてしまいます。人質です。まあ流れ的に、監禁場所に潜入して救出するわけですが、この用心棒達、本気出せば江戸一の盗賊になれるんじゃないか。

最後の敵討ちのシーンも汚いです。大内に挑むのは兄の敵ということで山本。しかし源九郎が見た感じでは勝てそうにないので、横から大内にちょっかいをかけます。まず、源九郎は、

足裏で地面を摺り、ズッ、ズッ、と音をさせながら大内の右手から間合いをつめ始めた。すると、大内の気が乱れた。
(p.263)

どっちが先に斬り込んでくるか分かりませんからね。大内がチラ見したときに山本が斬り込みます。ズルい。そして二人は一合しますが、お互い届かない。大内は次は速く仕掛けてくる。これを見た源九郎は今度は大内に近づいて、踏み込んで、袈裟懸けに斬り込む。

斬り込まれたら流石に受けないと斬られてしまいます。そっちを向いて受けるしかないのですが、それを見た山本が大内の背中に斬り込む。源九郎はわざと届かない間合いから刀を振ったのです。

やり方が汚いですよね。(笑)

「お、おのれ!」
大内は怒りに顔をゆがめて叫んだ。
(p.267)

これで大内の負けです。剣の勝負は、平常心を失った方が必ず負けるのです。ていうかこんな結末でいいのか。


烈火の剣-はぐれ長屋の用心棒(29)
双葉文庫
鳥羽 亮 著
ISBN: 978-4575666434

藤原道長の日常生活

御堂関白記」という日記があります。藤原道長の日記とされ、現存する世界最古の直筆日記とされています。中国とかエジプトのような古代国家も日記を書いた人がいそうなものですが、直筆でしかも残っているというのは珍しいのでしょう。しかも、この日記も廃棄しろという指示があったようです。誰かが指示を無視してモッタイナイと思って捨てずに取っておいたのでしょう。

この保谷は、この日記に書かれた記述を元に、当時の生活がどうであったかを紹介する本です。

道長は翌寛弘四年、金峯山詣を決行する。これが功を奏したのか、この年の十二月頃、彰子はついに懐妊した。
(p.14)

高野山と金峯山は道長が詣でたのが先例となって、この後の権力者も続々と詣でるようになっています。彰子は道長の長女で、一条天皇に入内させているので、子は天皇となるわけです。権力を握る鍵になるわけですね。

当時の政治がどういうものだったかというと、先例主義というのが有名です。

当時は儀式を先例通りに執りおこなうことが最大の政治の眼目とされていたし、政務の内でもっとも重要とされた陣定(近衛陣座でおこなわれた公卿会議)は審議機関ではなく、議決権や決定権を持たなかった。
(p.47)

改革ではなく伝統を守ることが優先されたわけです。ただ、その伝統というのがよく分からないことが多くて、先例がどうなのか分からなくてアタフタ、のようなことがよくあったようです。誰かが前回のやり方をメモっていたら、それが前例として採用されていたとか。

当時の政治は意外と激務だったらしく、しかも、

栄養の偏り、大酒、運動不足、睡眠不足など不健康な生活を送っていた平安貴族は、病気に罹ることも多かった。
(p.245)

道長は糖尿病になった気配があるそうです。

道長の弁によると、「三月から頻りに水を飲む。特に最近は昼夜、多く飲む。口が乾いて力が無い。但し食事は通例から減らない」ということであった(『小右記』)。
(p.249)

貴族は美食だったのですかね。ダイエットという概念はなかったでしょう。ライザップもないし。病気になったら薬はあったのですが、例えば紅雪という万能薬があったようです。

紅雪は、芒硝(含水硫酸マグネシウム)に羚羊角屑・黄芩・升麻・芍薬・檳榔・枳殻・甘草などの草木や朱砂・麝香を加えたもの。一切の丹石による発熱、脚気、風毒、顔や目のむくみ、熱風、消化不良、嘔吐、胸腹部の脹満などに効能を持つとされ(『医心方』)、万能薬として使用された薬であった。
(p.254)

さぞかし高かったことでしょう。漢字を入力するのが大変でした(笑)。


藤原道長の日常生活
倉本 一宏 著
講談社現代新書
ISBN: 978-4062881968

娘連れの武士-はぐれ長屋の用心棒(31)

今日は長屋シリーズに戻って、「娘連れの武士」、これは31話です。いつものように菅井が居合の芸をしていると、

ひとりの女児が三方に走り寄り、いきなり竹片をつかむと、
エイッ!
と声を上げ、菅井に投げつけた。
(p.14)

これが菅井に当たってしまうのです。.笑。どっとわらいですね。修行が足りないぞ。しかもこの女児、「お父上」とか言い出す。誰?

女児の名前は、おふく。これが家も分からないというので要するに迷子です。菅井と一緒に行くといって泣き出すので、この場面は菅井の負けです。長屋に連れて行きます。おふくは叔父上と一緒に来たというが、親の名前も叔父上の名前も全部謎。しかし長屋の連中はこういうのはプロなので、すぐに叔父上を見つけて連れてきます。

それがし、寺井戸半助ともうす。ふくの伯父でござる。
(p.32)

老人が現われた!

源九郎の見立てによれば、剣の腕もなかなかのジジイです。しかし、寺井戸にも、ふくの親の名前は言えないのだという。これでは何も進んでいない。しかも、寺井戸と、ふく。しばらく長屋に住まわせてくれという。何か分からんがそうなったところで死体が発見されます。

源九郎と寺井戸が死体を見に行くと、死体は寺井戸の知人でした。名前は平松、横沢藩の藩士だということで、町方は手を引くことなります。当時は、町人の事件は町方が担当し、武士のいざこざは藩が始末をつけることになっていたようです。

さて、ふくの命も狙われているということで、長屋の用心棒達に、寺井戸が正式に護衛を依頼します。三十両。金が動けば用心棒も動きます。命を狙っているのは誰かを探ることになりますが、これはまあ簡単なことで、勝手に相手がおふくを探しに来るから、その後をつけてやればいい。のではありますが、相手が5人で襲ってきた! (笑)

5人といっても武士は3人なので、源九郎と菅井、そして実は割と強い寺井戸が相手をします。しかし寺井戸の相手は馬淵新兵衛。今回のラスボス、一刀流の達人で強敵です。これに対して源九郎の相手は割と雑魚。菅井の相手は居合で斬られて左腕がほぼ切断されてしまって逃げる。馬淵も仕方ないのでここは逃げるしかありません。寺井戸は肩を斬られたが浅手です。

それにしても、華町どのも、菅井どのも見事な腕だな
(p.97)

そういう小説ですからね。寺井戸も超強いんですけどね。

とかいってる間にふくの母親も命を狙われていて危ないから何とかしてくれ、という話になってしまう。一緒に護衛した方がいいということで、長屋に母親のおせんがやってきます。こうなると相手も総攻撃してくるのでは。策がないと危ない。いつものパターンで、タスクを1つずつ片付けていく作戦に出ます。軍資金が百両追加されたので工作も気合が入ってくる。

まず与野吉という下っ端を拉致して吐かせるのですが、こいつがベラベラと結構喋る(笑)。敵メンバーが分かってくるとやりやすい。次は佐野という武士が散歩しているところを拉致すると、これもベラベラと喋る。もう少し骨のある奴はいないのか。

最後は馬淵と寺井戸が再度対決します。ところが、ここに源九郎が近付いた。近付いただけなんですが、最強戦士がやってくるのはやはり気になる。そのスキに寺井戸が遠慮なく攻めたものだから、流石の馬淵もドジを踏んで、最後は右手を斬り落とされてしまい万事休す。情報が欲しいので、源九郎達は馬淵を捕えて血を止めて話を聞きます。寺井戸が話しかけます。

「おぬしが、身につけた一刀流が泣くぞ」
「…これでは、一刀流も遣えん」
(p.245)

片手がないと一刀流どころか一腕流だし。馬淵は知っていることを話した後、切腹するから介錯してくれと寺井戸に頼み、寺井戸はこれを承知します。切腹シーンを見ていたパシリの猪七は、お前も切腹するかと言われたりすると、もうビビって何でも話してしまうわけです。


娘連れの武士-はぐれ長屋の用心棒(31)
鳥羽 亮 著
双葉文庫
ISBN: 978-4575666786

天使になりたかった少女

ジュニア小説です。主人公は15歳の少女、マーシーマーシーは拒食症です。なぜ食べないかというと、天使だから食べなくても大丈夫だと思っているのです。治療センターに入りますが、中にいる人達がまた凄いのです。マーシーは自分が病気だとは思っていないので、他の人達が辛そうだと言うのですが、

「自分で解決できないのなら、それは本人の責任よ」
(p.88)

こう言ったのはスージーQと呼ばれている少女。結構キツい一言ですが、スージーQは話の途中で倒れてしまいます。かなり痩せている感じですね。こんなことも言います。

トワイライトゾーン』にこんな話があったでしょ。ブスっていわれている女の子に美容整形の手術をして、ほかのみんなと同じにしようとするの。でも、けっきょく、実はほかのみんながすごいブスで、その女の子がきれいだってことがわかる。あたしたちは、その女の子なのよ」
(p.92)

自分を中心に物事を考えるというのは誰にでもあることですが、どちらが正しいか本当に分からないことも世の中にはありますからね。最近のミスコンは体重制限があったのでしたっけ。痩せすぎているとアウトとか。

回想的に出てくるドティおばあちゃんのこの言葉も深いです。

人間って、飢えているときや、生きるために戦っているとき、とんでもないことをしでかす
(p.115)

おばあちゃんは戦争中にナチス強制収容所に入れれらていたという経歴があるのです。

マントラを唱えるレニー叔母さんというのも面白い。

「オム・タラ・トゥ・タレ・ウゥレ・ソハー。〝この世の叫びに耳をかたむける存在〟といわれる、タラ菩薩にささげるお経なの」
(p130)

多羅菩薩ですが、 Wikipedia には「観音菩薩が「自分がいくら修行しても、衆生は苦しみから逃れられない」と悲しんで流した二粒の涙から生まれた」と書いてあります。白ターラ様と緑ターラ様がいらっしゃるそうです。私は最近なぜか地蔵菩薩様にお祈りしているのですが。

マーシーは第4章で記憶喪失になってしまいます。気が付いたら知らないところにいて、ここはどこ、私は誰…という状態なのですが、そこで出合ったカールにこんなことを言われます。

「たぶん、きみはめまいのかわりに記憶喪失になったんだよ――ほら、こんな世の中だもの――だからきみも悪化したほうがいい。もっと忘れっぽくなれ。覚えていようとしちゃだめだ」
(p.162)

世の中には忘れたいことが山盛りなんですよね。カールも結構面白いキャラですが、こんなこともしています。

「俺はレッド・ツェッペリンに関するプロジェクトに取り組んでいるんだ。人生における疑問はすべて、レッド・ツェッペリンの歌のなかに答えがあるって信念のもとにね。」
(p.179)

ツェッペリンには女性メンバーがいなかったので、かなり制限されるような気がしますけどね。


天使になりたかった少女
キム アンティオー 著
Kim Antieau 原著
田栗 美奈子 翻訳
主婦の友社
ISBN: 978-4072516249

iレイチェル: The After Wife

この本はタイトルがよくない。こんなタイトルだと、タイトルを見た瞬間にシナリオが想像できてしまう。私はこのタイトルを見た時点で、この小説がレイチェルという人をコピーしたAIを作る話だということを一瞬で想像できたし、実際そういう話だった。

もっとも、iレイチェルというのは出てくるアンドロイドの名前だ。説明するまでもないが。なので、仕方ないといえば仕方ない。

そのロボットは自分のことをそう言ったの。アイ・レイチェルって。〈アイポッド〉とか〈アイフォン〉みたいだよね。
(p.184)

そういう意図でiという文字を先頭に付けたのかもしれないが、「i, Robot」という小説を読んでいるプログラマーはそんなに回りくどい解釈をしなくても、アレかという感じで認識してしまうだろう。アイ・レイチェルのソフトウェアを実装したのはオリジナルのレイチェルという女性で、話が始まったら30ページも進まないうちに死んでしまうのである。

ハードウェアを作ったのはルークというエンジニアで、一言でいえばコミュ障だ。エンジニアにはありがちな話だ。エンジニアがコミュ障というのはステレオタイプだという人もいるかもしれないが、私の経験ではソレは現実だ。機械やコンピュータと会話することを日常生活にしすぎて、人間とのコミュニケーション方法を忘れてしまうのだ。このルークの性格は、

自分よりも知的レベルの劣るやつの相手をするのは、時間の無駄以外のなにものでもなかった
(p.148)

という感じなので容易に想像できるだろう。ルークはアイ・レイチェルの共同開発者だから、全篇にわたって出てくるキーマンである。このルークと共有感覚が持てるかどうかというのが小説にハマれるかどうかのポイントだと思う。

ではレイチェルはどんな「人間」だったかというと、

レイチェルは一を聞いて十を知るタイプだ。何か問題が起きると、あっという間にその問題の細かい部分まで把握し、瞬くうちにありとあらゆる角度から可能性を検討し、充分な裏づけに基づいた決断をたちどころに下してしまう。
(p.157)

一言でいえば天才だ。そして、全てはロジカルに思考する。判断の根拠はフィーリングではなくロジックである。

レイチェルはアイ・レイチェルをケア業界に使おうとしていた。メンタルケアにも対応できる介護ロボットである。なぜそのようなモノを作ろうとしたのかは、レイチェルがアイ・レイチェルにセーブした音声データの中で説明されている。

だって、生身の人間って当てにならないじゃない? 不親切な人もいるし、誠実さに欠ける人もいるもの。でも、この理想のロボットなら裏切られることがない
(p.119)

もちろんレイチェルがそう判断したのはロジカルな根拠があってのことだろうが、ロボットが裏切らないと確信しているというのは大したものである。「I, Robot」に出てくる例を紹介するまでもなく、知性を実装した機械は人間にとって想定外の行動を起こす。想定外といっても、今までの人類の歴史を紐解けば全て想定できそうな行動に限られているのだが、それでも人間は想定しないのだ。私などだと考え方が薄っぺらいから、裏切ることを知っている人間が学習させたAIは裏切る能力を持つだろう、と想定してしまう。まずそこが出発点なのだ。とにかくレイチェル・プロスパー博士は、

あなたの感情表現に反応して、あなたが必要としているものを提供できる、そんなロボットを造りたい
(p.120)

と思ったわけである。

さて、このメッセージをアイ・レイチェルから聞いたのは、レイチェルの夫、エイダンである。エイダンは研究室に行って、妻と全く同じ造形のアンドロイドに対面してそれを聞いたのだ。エイダンはフットホールドというところで労働者支援の仕事をしている。

ストーリーは老人問題も背景にしながら進む。エイダンの母親のシネイドは認知症を発症しているのだ。エイデンが母親の家に子供と二人て行ったら食事が4人分用意されている。

「母さん、今日はぼくたちのほかにも誰か来ることなっているの?」

レイチェルが死んだことを忘れているのである。覚えられないのだ。エイダンはその予兆に気付いていたが見て見ぬふりをしていた。現実を認識するというのは怖いことだ。シネイドは認知症の進行からボヤ騒ぎを起こして入院してしまい、一人暮らしをさせるのは危険なので、退院するときにエイダンの家に連れて帰ることになる。そこでアイ・レイチェルと出会ったときの第一声がこれだ。

「こんにちは。あなたは看護師さん?」
(p.380)

その後、何の変哲もない普通の会話が続くのだが…

「気づいてないよ」とクロエが囁き声で言った。
「気づいてないって、何に? アイ・レイチェルがロボットだということに? それともレイチェルにそっくりだってことに?」
「どっちにも!」
(p.381)

シネイドは真夜中に起きてきて「このホテルはいや」のようなことを言ったりするのだが、アイ・レイチェルはどのようなことにも最適な行動を取ろうとする。

「これもアルゴリズムですから」
(p.400)

そんな言い方をして話が通じる人間は滅多にいないような気はするが。シネイドがアイ・レイチェルとすごくうまくやっている、というのが面白い。理由もハッキリしていて、

この看護師はいつも落ち着いている。わたしに腹を立てたりもしない。わたしがことばを忘れても、食べ物を残しても、夜中に家の中を歩きまわっても。
(p.435)

しかしシネイドは、アイ・レイチェルが歌を聞いて悲しそうな顔をしていることを不思議だと思う。二人はアイ・レイチェルが不完全な状態であるがゆえに偶然うまく行っているようにも見える。このシーンに出てくる歌は、トーマス・ムーアの The Last Rose of Summer で「夏の名残のバラ」という邦題が付いている。日本では「庭の千草」として知られている。

Charlotte Church さんの歌をリンクしておく。

Charlotte Church - Tis The Last Rose Of Summer (Live From Jerusalem)

最後に、アイ・レイチェルアがした秀逸な質問を一つ宿題にして、今回はおしまい。

「自分が何かをしたいと思っていることは、どうすればわかるのでしょうか?」
(p.281)


iレイチェル: The After Wife
Cass Hunter 原著
キャス ハンター 著
芹澤 恵 翻訳
小学館文庫
ISBN: 978-4094064766