Phinlodaのいつか読んだ本

実際に読んでみた本の寸評・奇評(笑)

鳥の会議

この本には「鳥の会議」「鳥のらくご」2つの話が入っている。

主人公は中学生。悪い奴らが大体友達。それもハンパない。友達の神永は父親を殺す。ぼく(篠田)はバラバラにして捨ててしまえばいいという。

お父さんも喜ぶんじゃないかとぼくは思った。
(p.80)

実際、そのお父さんは「お前にやられるなら本望や」(p.68) と言っている。この話、ボコられたシーンから始まって、喧嘩三昧でとにかくいい所がないのだが、何かリアルなのは関西弁のせいなのか。私は中学生のときはマジメな生徒だったから、この世界は全然分からないのに、本当にリアルな感じがする。

とにかく、この種の話が合わない人には読み辛いかもしれない。登場人物の中では神永のおばあちゃんが凄い。ある日突然いなくなる。ぼくと三上、長田はおばあちゃんを探しにいく。一体どこにいるのか。

自分がどこにいるのかわからなくなってしまったのだ。
(p.114)

どこにいるのか分からないとか、何でここにいるのか分からないとか、そういうことは現実世界でよくあることなのだ。それに気付いたときは危ない。ヤバい。

これが1つ目の「鳥の会議」という作品。そして、続く「鳥のらくご」がさらに異様な作品。登場人物は「鳥の会議」と同じなのだが、夢を見ているような奇妙な世界の中にいる。

キバは私に刺さった。どこにだったか。わたしから少し離れた。いやあれは、わたしを抱えた、女のわたしだった。キバが刺さったのは、わたしを抱えたわたしだった。
(p.162)

夢日記を読んでいるかのようだ。わけが分からないというよりは、無理に分かろうとすると壊れてしまいそうな感じ。


鳥の会議
山下澄人 著
河出文庫
ISBN: 978-4309023946

現代国語

私が高校生だった頃はゲンコクと言ってたけど、今は現代文というのだろうか。国語の授業の話である。私は小学生の頃から多読派だったのと、いつの間にか速読ができるようになったせいもあって、国語の成績は割とよかった。芦田愛菜さんが小学校低学年のときに年間300冊読んだというニュースを見たが、その程度は読んでいたと思う。

現国の勉強は高校の授業とZ会だった。知恵袋を見ていると、語彙を増やすために語彙系の問題集をやったり漢字の暗記をしたり、そういう人がいるのだが、私はそのような勉強はした記憶がない。本を読むときに分からない言葉が出てきたら、その都度国語辞典を引いて覚えた。国語辞典は、高校生のときは小学館の新選国語辞典、中学生までは広辞苑を使っていたと思う。高校生になって辞典を変えた理由は、多分、広辞苑がデカかったからである。

国語の参考書は買った記憶がないのだが、2010年あたりに買った本がある。高田瑞穂さんの「新釈現代文」だ。

この本は伝説の参考書の復刻版らしいのだが、私が受験生のときにはこの本は読まなかった。2010年に買ったというのは、メール整理で Amazon で買ったときのメールがたまたま出てきたので分かった。何で Amazon で買ったのかはよく覚えていないのだが、Web か雑誌で紹介されていて、興味深いと思って買ったのだと思う。参考書ではなく読み物として普通に読み進めると、案外面白い。

Amazon のカスタマーレビューを読むと、今の入試問題には対応できていないという意見があるが、それは確かにあると思う。もちろん、現代文の問題を解くメソッドなんてのは、昔も今も変わりはないと思うのだが、今時の参考書を見ていると、やたら線を引いたり印を付けたりする具体的な読解法が書いてあったりして、もしかしたら解き方自体に何かパラダイムシフトがあるのかもしれない。


新釈 現代文
高田 瑞穂 著
ちくま学芸文庫
ISBN:9784480092236

妄想少女

モーニングは今の時点で毎週買っている唯一のコミック雑誌です。昔はいろいろ買っていたけど、最後にこれだけが残りました。このマンガは2014年頃にモーニングに不定期連載されていた話と、週刊Dモーニングに掲載された2作品をまとめて単行本にしたものです。妄想少女って、凄いタイトルですな。

余談ですが、いつも Amazon のリンク先をコミック版にしているのですが、Kindle 版の方がいいのかな。どちらがいいのか謎です。今回 Kindle 版にしてみよう。アフィリエイト的には今のところどっちにリンクしても全く売れてない(笑)ので、どっちでもいいのだけど。多分カスタマーレビューは共通だし。

視点というか観点がおかしいです。変態系なのですが、どう説明すればいいだろう、出てくる男性の変態たちが悉く玉砕される強度の変態少女が出てきます。特に#3に出てくる痴漢の男はなぜかかわいそうです。この少女は、

あのときの
剥き出しの
熱情は

本当に
あなたじゃ
なかったの
ですね
(p.101)

心を入れ替えたという男性を、痴漢じゃないからという理由で振ってしまうのですからわけが分かりません。

基本的には、そもそも変態系の男性は女性が抵抗するという前提で嫌がることをしようとする、という大前提があって、この少女はそれに抵抗せず期待するのを見てドン引き、逃亡というパターンのようです。実際はドン引きどころか、公になったら社会的に破滅する結末が多いらしいですが。

絵柄が少女漫画系の繊細なタッチなので、連載当事、版画みたいな絵が多いモーニングにしては異色な感じがしました。内容もかなり異色ですけど。


妄想少女
汐里 著
講談社 モーニングKC
ISBN: 978-4063883886

ヘンな論文

論文というと難しい、読んでも分からない、という先入観があるかもしれませんが、それどころではないという現実を指摘してくれる本です。

論文とは何ぞや。それは最初に解説があって、

世間一般で言われる「論文」というのは、修士号取得以降の研究者が書いた、雑誌に掲載された論文のことを指す。
(p.19)

これ以外にも学内の論文、形式的な論文というのはありますが、内容が正しいかどうか素人には分からない。だからプロの目で判定してもらうのが重要なんですね。もちろんこの本で紹介されているのは世間一般で言われる論文です。つまり雑誌に掲載された査読済みのものです。内容はこんな感じ、というのをイメージしてもらうため、見出しを紹介します。
一本目 「世間話」の研究
二本目 公園の斜面に座る「カップルの観察」
三本目 「浮気男」の頭の中
四本目 「あくび」はなぜうつる?
五本目 「コーヒーカップ」の音の科学
六本目 女子高生と「男子の目」
七本目 「猫の癒し」効果
八本目 「なぞかけ」の法則
九本目 「元近鉄ファン」の生態を探れ
十本目 現役「床山」アンケート
十一本目 「しりとり」はどれまで続く?
十二本目 「おっぱいの揺れ」とブラのずれ
十三本目 「湯たんぽ」異聞

論文は一本、二本と数えます。どんな雑誌に掲載されたのか気になりますよね。 ちなみに、これはあくまで見出しであって、論文のタイトルではありません。例えば、三本目の「浮気男」の頭の中、に紹介されている論文のタイトルは、

「婚外恋愛継続時における男性の恋愛関係安定化意味付け作業―グランデッド・セオリー・アプローチによる理論生成―」
(p.37)

こんなのです。論文っぽいですよね。 ちなみに、この本には最近続編が発売されました。「もっとヘンな論文」です。

こちらの目次はこんな感じです。
一本目 プロ野球選手と結婚する方法
二本目 「追いかけてくるもの」研究
三本目 徹底調査! 縄文時代の栗サイズ
四本目 かぐや姫のおじいさんは何歳か
五本目 大人が本気でカブトムシ観察
六本目 競艇場のユルさについて
七本目 前世の記憶をもつ子ども
八本目 鍼灸はマンガにどれだけ出てくるか
九本目 花札図像学的考察
十本目 その1 「坊ちゃん」と瀬戸内航路
十本目 その2 「坊ちゃん」と瀬戸内航路 後日譚

この本の内容は論文解説というよりも、一本目のテーマになっている世間話に近いもので、とっても気軽に読めます。雑学本のノリでokです。 例えば、「ヘンな論文」四本目のあくびの話ですが、あくびって二酸化炭素が多くなってくると頻発するという話、聞いたことありませんか。これを検証した論文が別にあって、

その結果、「まるで変わらない」というデータが得られた。
(p.56)

二酸化炭素の濃度とあくびの頻度は無関係なんだって。知りませんでした。でもこの論文はその話ではなく、あくびがうつる現象を調査したものです。あくびをする映像を見たり話を聞いたりするとあくびが出るのか、という調査結果があって、

・4歳までは一切あくびはうつらない
・映像を見てあくびがうつるのは5歳から
・話を聞いてあくびがうつるのは6歳から
(p.62)

心理的要因なのでしょうか。この後イヌの話とか書いてありますが。

六本目の女子高生の話も気になりますね。女子高と共学の比較とか紹介されていますが、この種のネタは女子高あるある系の本にも出てるのかな。知らんけど。

女子高の生徒は、登下校中は上下とも制服を着用するが、学校に到着すると、スカートから動きやすい運動着に着替える。
(p.92)

そうなの? この後、共学だと着替えないという話が出てくるけど、これは女子高生にとって女子高はウチであって、共学の生徒にとって学校はソト、という感じの結論になっているようです。 この論文は女子高から共学になった学校の比較調査なので、卒アル(卒業アルバム)を比較したところ、

「女子高」時代より「共学化後」のほうが、体を少し斜めに写っている女子が多い!
(p.96)

という結果が出たそうです。これを『ぶりっ子スタイル』というらしい。斜メ? 

こんな感じで驚きの世界が垣間見られる本です。著者のサンキュータツオさんは早稲田大学を出ているそうで、論文の表現についても詳しいようです。論文には「かもしれない」のような非断定的な表現が多いのですが、これについてハッキリしろという人に対して、

「かもしれない」「可能性がある」「と思われる」とハッキリ言っているのだ。
(pp.186-187)

この主張は面白いと思いました。確かに断定できないということがハッキリとしています。こういうのは論文者視点じゃないとピンと来ないのかもしれません。


ヘンな論文
サンキュータツオ
KADOKAWA 発行
ISBN: 978-4046544518


もっとヘンな論文
サンキュータツオ
KADOKAWA 発行
ISBN: 978-4044000981

保育園問題

これが何の問題か、今更説明しなくても「日本死ね」で大問題になって、今では日本中の人がこの問題を知っている…

と勘違いしていそうな人が大勢いるような気がしてきた。この本はビックリするような話がたくさん出てくる。例えば、

実は、保育所は定員割れしているのだ。
(p.65)

これ、知ってました?

なぜ定員割れしているのに待機児童がいるのか、という謎はこの後に解説されている。例えば、利用者がどんどん増えているという指摘が興味深い。保育所を増やすと、それなら私もという人が増えて、結局足りない状況が続くというのだ。東京都の数字は p.69 の表に出ている。

数え方も謎が多い。川崎市の場合、

「待機児童6人」とはいうものの、実際に認可保育所に申し込んで入れなかった人は2554人いるのである。
(p.90)

これも何のことか書いてあるので興味があれば読んで欲しい。

保育士が足りない、という話も聞いたことがあると思う。保育所を新設しても保育士がいない。では、こんなことは知っていました?

49歳までの年齢層では、53万人強が潜在保育士だと考えられる。この年齢層の全保育士有資格者に占める潜在保育士の割合は59.2%であり、資格を持っていながら保育士として働いていない人のほうが、働いている人より多い。
(pp.97 -98)

潜在保育士というのは、資格を持っているのに保育士の仕事をしていない人のことだ。約6割の保育士は保育士としての仕事をしていないのだ。薬剤師も似たような問題があったと思うが、この潜在保育士の人達は一体何をしているのかというと、

東京都と埼玉県の調査によると、潜在保育士の4~5割は働いておらず、残りは保育士以外の職種で働いていると見られる。
(p.98)

何で保育士のような引く手数多な資格を持っているのに他の仕事をするのか。 その謎もこの本に書いてあるけど、とにかく保育園問題は、一筋縄ではいかないようだ。

ところで、保育所に申し込むときにまず問題になるのが、両親ともに仕事をしている世帯でないと落ちるという現実である。「日本死ね」もそうだっけ。これは、保育所が足りないため、両親が仕事をしているような、保育所が特に必要な人から優先的に割り当てていくからだ。

待機児童の多い地域では、認可保育所に入所できるのは正社員のフルタイムの世帯ばかりになる。
(p.56)

例えば出産退職してしまったら、その時点で無職になる。後からパートでもしようと思ったらもう遅い。保育園に入れることができない。もちろん、先に就職すれば保育園に入れられる可能性は高くなるのだが、しまった、子供を保育園に入れないと仕事ができないではないか。

実際はこのようなケースだと、まず認可外の保育所に入れる。そして、仕事に就いてから認可保育所に申請するのだ。かなり出遅れることになると思うが。

保育の現場で発生する問題もいくつか紹介されている。

最近、転んだ時に頭を打ったり、前歯を折る子がいるのは、転ばせないように周りの大人が手助けばかりしているので、転んだ時に手をついて顔を守ることができない子どもが増えているからである。
(p.112)

怪我をさせたら怒られるし訴訟になったらただ事ではない、だからといって転ばせないと防御力が高くならない。どうすればいいのか分からない。難しい仕事なのだ。


保育園問題
前田正子 著
中公新書
ISBN: 978-4121024299

「奨学金」地獄

奨学金が返済できなくなって破綻する人がいる、というニュースを見たことがあると思う。この本の裏表紙には、次のように書かれている。

生活苦と返済苦にあえぐ人々の実態、制度の問題点と救済策を明らかにする。
(表紙裏)

実際に奨学金返済で窮地に陥った人達の事例は、第1章、第2章の80ページ以上を使って、細かく紹介されている。

実は私は、この本を読むまで、これほど現実が酷い状況であるとは想像していなかった。テレビの報道では、返済のためにサラ金で借りて行き詰ったような話だったから、利息も計算できない人が超低金利奨学金を最高金利サラ金で借り替えて自分の首を絞めている、程度に考えていたのだ。

しかし、現実は違った

あまにのヒドさに驚愕とした。おそらく皆さんは誤解していると思うので、ハッキリ書いておく。ヒドいのは、借りる人達の非常識と無教養とモラルのなさだ。

奨学金返済に困っている人達を被害者のように考えているかもしれない。考えを改めて欲しい。この人達は明らかに加害者である。しかも故意に近い意識で借金を踏み倒そうとしている。あるいは借りているという意識すらない。こんな人達に金を貸す方が悪い

だから、先に結論を書いておきたい。奨学金制度は廃止すべきである。実際に返済に困っている人達は5%未満、そのために残りの95%は切り捨てろというのか。そうだ。5%の非常識な人達のせいで社会問題になるのなら、95%に泣いてもらった方が平和だ。今、大学に行きたい人の理由は学問だけではない。「遊びたい」「とりあえず就職したくない」という理由で大学に行きたがる人が大勢いるのである。そんな人達に低金利で金を貸す必要はない

その代わり、本当に大学で勉強したいという人達のために、国公立大学は全て無償にする。修業に必要な教科書やパソコンも無償にする。寮も無償で入れるようにする。

繰り返すが、奨学金を借りる人たちの非常識無教養モラルのなさは、想像以上にあまりにも酷い。 本当にとんでもないのだ。借りる時点で返済のことが全く分かっていない。事例2にこんな言葉が出てくる。

あれだけふらふらになるまで働いたのに、620万円も借金していたわけです。愕然としました。
(p.36)

金を借りておきながら、いくら借りたのか返済する直前まで分からない、そのことに愕然とする。 この人はまず専門学校の2年間で、5万円を2年借りた。これで5×2×12=120万円。さらに、短大に行き、系列の大学に編入することになる。今度は10万円を4年借りて、10×4×12=480万円。足せば600万円になる。これが利息を入れて620万円になったという話で、計算はだいたい合っていると思う。 さて、この話のどこに愕然とする要素があるのだろうか。10万円を借り始める時点で、4年間で480万円になることは分かる。仮に掛け算を知らないとしても、振り込まれた金額を足していけば、どれだけ借りたかは分かったはずだ。小学生でもできるような計算をなぜしないのか。

そもそも専門学校から短大に進学して6年間も学校に行くところで失敗している。それもわざわざお金のかかる私立大学を選択している。普通に国立大学に4年通えば、大学の学費だけでも200万円ほど少なくて済んでいるはずだ。この人の経済状況から想像すると、学費減免になった可能性は高いから、もっと負担は少なくて済んだだろう。

しかも、こんな奇妙な話が、この人だけではない。

「400万円」
パソコンに表示されたその数字は、美紀さんの利子を含めた返済総額だった。
愕然とした。
(p.45)

もしかして、最近の奨学金は、借りる時点で返済額を秘匿しておいて、驚きの返済総額はCMの後で、のようなシステムになっているか?

無教養というのは、こんな驚愕の話が出てくる。

奨学金は借金です』とはっきり言われていたら、暗くなったかもしれませんが、『貸与』という言葉だったので…。
(p.39)

お金を貸与してもらったら借金に決まっている。朝三暮四に出てくるサルの話を思い出す。

少子化が進み、大学進学希望者総数が定員合計を下回っている。選り好みしなければ誰でも大学に行ける時代になった。一流校に行きたい人は浪人してでも挑戦するから、人気のない大学には定員割れの学部・学科がたくさんあるのが実情だ。その結果、「貸与」という言葉の意味も知らない人間が大学に進学しているのではないか。

このような事例がいくつも出てくるのだ。

卒業時に総額でいくら借りることになるのかを知ってびっくりしました。『何、このゼロの数!』って。高校ではそんな話、いっさいなかったんです。
(p.53)

まるで被害者のような言い方なのが面白い。今の奨学金は超低金利である。ほとんど借りた額を返せばいいのだから、借りる金額に月数を掛けるだけでだいたいの返済額になる。それが「このゼロの数」なのだ。

そもそもこんな人たちに大学に行かせようとする方が間違っていると思う。

モラルがないという点について。 まず、借りたものは返す。これが当たり前だということに異論はないだろうか。この本の事例に出てくる人なら異議アリといいそうだが、普通の感覚としては、借りたものを返すのは当たり前だろう。 しかし、この本にには、返す気がない人が出てくる。 さらに、もちろん人生いろいろだから、返せない状況になることもあるだろう。その時にモラルとか常識が少しでもあれば「次回の返済ができない」という連絡を、自分からするだろう。 しかし、ここに出てくる人達は、そんな連絡はしない

この間、日本育英会から奨学金事業を引き継いだ日本学生支援機構より何度か連絡が来ていましたが、返す目処も立たなかったため、数回電話をした後は、そのままになっていました。
(p.69)

貸した側からわざわざ連絡してくれたのに、結局ガン無視している。返せないという理由で放置するのである。踏み倒そうという意欲がミエミエである。 このような人間を救済する必要はない。この後一括返済を迫られることになるが、当然だ。あまりにも酷い態度に裁判官も怒る。

すると、裁判官から叱責されました。
『正直、この金額が高いとは思わない。今は1日1万円は稼げる時代、払えるかどうかではなく、払う意思があるかどうかです』
(p.72)

全くその通りとしか言いようがない。 こんな話も出てくる。

機構のホームページでいろいろ調べてみると、経済的困難にある場合には、『返還期限の猶予』という制度が利用できることがわかりました。
(p.73)

裁判になってからの話である。なぜ奨学金の申請時点で、百歩譲って返済開始になった時点で、熟知していて当然の事項を読んでおかないのか。私はこの機構から奨学金を受けていないので常識的に想像するしかないが、この種の重要事項は全て書面で受け取っているはずなのだ。ホームページで「いろいろ調べて」みる必要はないだろう。ちなみに、この節の小見出しは、こんなタイトルである。

猶予の制度を知らない利用者が悪い?
(p.73)

そうだ、その通りだ。当たり前だ。すごく悪い。この人が弁護士に問い合わせたら、

弁護士の回答は『猶予の相談や申請はそもそも奨学生からすべきものだ』という木で鼻をくくったようなものでした。
(p.74)

当たり前のことである。これが借りたお金を返すつもりもないし連絡すらしない無責任な人の感覚になると「木で鼻をくくった」となってしまうのだ。どうみても当たり前の常識的回答だということが、全く分かっていないのである。

多少は同情できる事例も出てくる。父親が失踪、自宅店舗を閉店したがローンが残ったとか、在学中に倒れて脳障害が残ったとか。それにしても借りる側の不手際がないわけではないが、そもそもこの種のレアケースであれば、奨学金を借りていなくても、生活は経済的に破綻していたのではないだろうか。

*

第3章から出てくる現場の話も信じられない出来事のオンパレードである。 高校の先生が、おそらく奨学金の概要すら知らずに手続きを行っている。書類を見てないのか読む能力がないのかは知らない。 しかしもっと恐ろしい話もでてくる。

「多少返済が滞っても取立てがくることなどはなく、お金がある時に少しずつ返していけばそれほど大きな問題にはならない。」
(p.109)

「取立てがくることなどなく」という状態になるから返済が滞っても構わないという感覚が私には理解できない。 本当にこんな教師が実在するのだろうか。それとも、私の感覚がおかしいのだろうか。

生徒の意識もおかしい。

『毎月いくら借り入れをするか憶えてる? 封筒の裏に書いてごらん』
…多くの生徒が書けません。
(p.115)

そのような人間に金を貸す必要があるのか。高等教育を与える必要があるのか。

これに対して“借金をしないと進学できないなら大学に行かなければいいのでは?”“無理をしてまで大学に行く意味があるのか”という議論もあります。
(p.123)

私はこの本を読むまで、ある意味そのような考え方をしていた。無理してまで行く意味はないだろうと考えていた。今は違う。現実はそんなに甘くなかった。ここに出てくるような人達は、大学に行ってはいけない。行くべきではないし、行く資格はない。行かせるのが間違っている。

結論をもう一度書いておく。奨学金は廃止すべきだ。大学に行きたい人は国公立に無償で行けるようにすればいい。 就職したくない、遊びたいので大学に行きたいという人は自分の金で私立大学に行けばいい。奨学金ではなく、民間の金融機関からローンで借りたらいい。

奨学金の利息がどうだとかいう人がいるから数字を出しておこう。400万円を借りて、これを1%の固定金利で借りたら返済総額は440万円程度になる。最新の固定金利は 0.23% のようだ(2017/6/11現在)。これなら約409万円である。ちなみに、民間で借りるとして、仮に金利が5%だとすれば、これは20年間で630万円を返済することになる。

*

余談。

ところが現実には、大学進学率は上昇しています。1990年には24.5%と4人に1人だった大学進学率は、2015年には51.7%と、2人に1人になっているのです。
(p.123)

これは客観的事実だ。ただし、もう一つ事実がある。大学進学率は倍増したが、大学進学者数はそれほど増えていない

数字を示すと、1990年の大学入学者数は約49万人。2015年には約62万人で、増加した人数は約1.27倍に過ぎない。 さらに細かいことをいえば、2000年の時点で既に大学進学者数は60万人を超えている。2000年と15年後の2015年を比較すれば、増加率はたったの3%である。実は大学に進学する人の数は、2000年頃から頭打ちになっていて、横ばいに近い状況が続いているのだ。 このことも頭に入れておいて欲しい。

もう一つ計算しておこう。

仮に毎月12万円を4年間借りたとすると、卒業時には576万円となります。それに利息が加わるので、金利1%、20年返済だとすれば、返済総額は638万5730円、毎月2万6606円(最終月は2万6896円)の返済となります。
(p.139)

だいたい合っていると思う(計算してみたら約3万円違ったのだが、私の計算ミスだろう)。ちなみに現在の金利0.23%で計算すると、 返済総額は589万3927円、毎月2万4558円の返済となる。これがどんなに低金利なのかは、住宅ローンの経験がある人ならよく分かるだろう。ちなみにリボ払いの利率は15%程度だったはずだが…


奨学金」地獄
岩重桂治 著
小学館新書
ISBN: 978-4098252930

標的は11人―モサド暗殺チームの記録

モサドイスラエルの諜報機関。この本は、実際にあったテロリスト暗殺計画を元にかかれたもので、つまりノンフィクションである。

当然、その信憑性に関して激論があり、それについて本編の後に「取材ノート」として数ページにわたって概要が書かれている。

トーリーとしては、オリンピックでテロに関わったテロリスト11人を一人ずつ殺害していくというもの。フィクションなら007ゴルゴ13みたいな凄腕のキーマンがいるのだが、この本に出てくるエージェントは基本的に地味だし、結構ヘマをやらかすし、最後は精神を病んでしまう。 リアルな裏話は興味深い。テロリストは金がかかるという話とか。

一九七五年の数字によると、PLOファタハ派はテロリストの予算に一億五千万ドルから二億四千万ドルも計上していたという。要するに、テロリズムは金を食うビジネスなのである。
(p.146)

それを考えると最近ニュースに出てくるようなゲリラ的テロはあまりコストがかかっていないような気もする。昨今のテロはコストダウンに成功したのか。

諜報機関のメンバーに「考える」という習慣が要求されるというのも興味深い。エージェントというのは上からの命令に従って黙々と仕事をこなすというイメージが無きにしも非ずだが、そうではなさそうだ。

ただし規則も演習もすべてではない。理由があるからこそ規則が存在するのであり、演習も行われる。その理由を見きわめよというわけである。
(p.214)

テロリストを殺害するにあたって、第三者にはかすり傷すら負わせてはならない、というルールが適用される。その可能性があるのなら次のチャンスを待てというのだが、チームリーダーのアフナーはこのような質問をする。

「もし第三者が拳銃をぬくとか、われわれを逮捕しようとしたら?」
(p.111)

実際、暗殺現場にターゲット以外の人間がいたり、相手が銃で撃とうとするシーンもあるが、そんな時に理由とか規則を考えながら対応していたら大変だな。


標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録
ジョージ ジョナス 著
新庄 哲夫 訳
新潮文庫
ISBN: 978-4102231012